「好き」の力信じて

「好き」の話をします。ラブライブ!、石原夏織、アニメ。

虹と紙飛行機〜Aqours 5th LoveLive! Next SPARKLING!!感想〜

2019年6月8日、メットライフドームAqours 5th LoveLive! Next SPARKLING!! day1のアンコールだった。私はアリーナ席で連番者と話していた。話していたのは他愛もないことで、「セルコンびっくりしたし熱かったね」とか「ネクスパまだやってなかったら終わりだと勘違いしちゃうね」とかそういう話をしていた。
お決まりのAqoursコールをしたり会話したりしていると、周りが少しざわざわした。
近くの人が「みてみて!」と隣の連番者と思われる人に言っているのが聞こえた。キャストはまだ出てきていない。むしろステージではなく、横や後ろをを向いて言っている。
割れんばかりのAqoursコール。3rdからの定番である。そのAqoursコールが何かあったのか?どういうことだろう?そう思って取りあえず近くの観客が見ている横側を振り向いた。


私は虹を見たのだ。
確かに間違いなく雨の後にかかるあの"虹"を見た。

この虹はアンコールが始まったAZALEA*1の「卒業ですね」でも崩れなかった。本来ユニット担当のキャラクターの色で埋まるはずの会場。アリーナは確かに赤緑黄の色とりどりだったが、スタンドは虹の形を保っていた
それどころかアンコール3曲→幕間映像→Next SPARKLING!!→最後の幕間まで全てずっとスタンドの虹は虹を保っていた。

とても普通の反応とは思えない。ユニット曲が始まったらそのユニットの中の推しカラーで埋め尽くされるのが普通で、特にアンコール3曲目のCYaRon!「サクラバイバイ」はトロッコ曲で本来ならそこに来たキャストの色に変えて振るのが自然な反応である。例えば2nd Liveでのこの画像のように。

ラブライブ!サンシャイン!! Aqours 2nd LoveLive! HAPPY PARTY TRAIN TOUR Blu-ray/DVD 【ダイジェスト】「地元愛♡満タン☆サマーライフ」*2より

でも各々がいきなりその場で与えられた役割を保って色を変えなかった。その当人にどんなメリットがあるかと言えば、ハッキリ言ってしまうとあんまりない。そこにあるのはあくまで意識か無意識か美しさを保つための意志だけが存在していた。

一人でも違う色を振ると虹は虹とみなせなくなるかもしれない。そういう危うさもあったし、前述の「サクラバイバイ」のようにキャストとコミュニケーションを取れる権利であるはずなのに権利をわざわざ放棄してまで虹になることを徹したのだ。
これはルールでもレギュレーションでもマナーでもない善意だったように思う。その意味において本当にただ美しい空間だった。
(補足)
2日目はアリーナの一番後ろだったのでスタンド最前の挙動は良く見えましたが「サクラバイバイ」で1日目に思っていた以上にはキャストに振っていたので勘違いかもしれません。ただし、先に述べたようにその反応がむしろライブを楽しむ上では「自然な反応」だと思っていて、いわゆるトロッコ当たりの座席を引いてキャストに振ってもらえる可能性があるというのは権利な訳でそれを放棄しろというつもりはありませんし、キャストに振ることに関して批判するつもりもありません。また、少なくとも最前付近より後ろは虹を保っていたのは2日目もみられたという点ではやはり美しいと思います。


「10人目」が美しさにこだわったならAqoursも美しさにこだわったライブだと思う。
今回はアンコール以降の話をしたい。
アンコールのセトリは以下の通りであった。

EN01. 卒業ですね
EN02. Guilty?Farewell Party!
EN03. サクラバイバイ
(この3曲を「卒業ソング」と呼びます)
幕間1
EN04. Next SPARKLING!!
幕間2

構成の変化

まず1st〜4thの構成から大きな変更があった。
今回のライブ構成で今まで変わった事といえば、 「キャストのMC」「告知」を今まではアンコールの最後の曲の前に置いていたのに対してアンコールの外に置いた(前者はアンコールの最後の曲に、後者は5/30の生放送にて告知していた。)。
この二つの共通点は「ライブの外へ向ける要素」である点で、今回その二つをアンコールから外した。

要はアンコールに(幕間を含んだ広義の)アニメライブ以外の要素をなくしたのである。

その効果は"キャラクターとしての"Aqoursの「卒業」を意識させることであった。
「10人目」に向けた卒業式の意味合いがあった。普段は「10人目」という言葉にそんなに肯定的ではない私だが、今回のライブに関して言えば「10人目」の存在は必須であったように思う。

卒業ソング

卒業ソングについてだが、当初ユニット曲だから真ん中くらいに流れるのだろうくらいに思っていたのだが、アンコールというライブの終わりに使われることでキャラクターが卒業することを強く主張している。
卒業ソング3曲では、等身大のAqoursのキャラクターたちがユニットとして卒業について思うところを述べている。
彼女達は3年生が卒業すること、そして時が過ぎていくことを決して否定しない。これは「WATER BLUE NEW WORLD」*3や「Brightest Melody」*4などの楽曲にも現れている。
その時の流れの中で卒業していく。

幕間1

まず幕間1では劇伴「Everything is Here」が流れ、映画ではおなじみの無くならないよの下り使われる。
Aqoursはなくならない」という言葉は無くなる可能性が全くない時にはわざわざ使わない言葉で、"あたかも"なくなりそうに見える時に「なくならないよ」と使うはずである。
また劇伴の「Everything is Here」は「全てはここにある」という意味で、これは果南が千歌の胸を指刺して「ここにあるよ」というシーンや学校の前で「全部ここにあったんだ!」という千歌のシーンと重なる。つまり、「すべてはここ(胸の中)に残っている」ということである。
二つを組み合わせると、「私たちはいなくなるように見えるけど、胸の中に残っているからなくなりはしない」ということになる。

Next SPARKLING!!

前提(10!を叫ぶか?)

「Next SPARKLING!!」前の幕間の最後はいつもの号令をして始まる。いつもの光景、映画でも何度も見たシーンだった。
しかし、一つ私には違和感があった。
「9!(鞠莉)」から「聞こえた」のセリフの間が映画より少し長い気がするのだ。
ライブで「10!」を叫ぶ余地があるのかどうか?(私は叫ぶつもりはなかったが)については個人的に気になっていて、ライブの前の週に映画館で該当シーンを確認していた。
その時に感じたことは「『10!』を叫ぶ間はそもそも物理的に存在しない」ということであった。
しかし、今回は「10!」を叫ぶための"間"が存在した。そういう風に思える。*5
以後の話はAqoursが"間"を空けてくれたという前提でのお話。

歌について

「Next SPARKLING!!」は、映画において3年生がいなくなっても心は一つであるということ、そしてその3年生の想いは残っているから新生Aqoursの始まりの歌だった。しかし、映画において9人だったように見えるものも、ライブで「10人目」が内包されているとなると以下の通り意味が変わってくる。

映画→3年生はいなくなるように見えるけど、1・2年生の心の中に残っているから新しい輝きを目指せる
ライブ→ アニメのAqoursはいなくなるように見えるけど、10人目の心の中に残っているから新しい輝きを目指せる


ライブではもはや最後の曲を一緒に歌うということは定番となっているのだが、今回は同じ曲を一緒に歌うことでより「10人目」を意識したメッセージ性のある曲となった。一つ例をあげるならば以下の歌詞だろう。

止まらない 止まらない 熱い鼓動が
君と僕らはこれからも つながってるんだよ
「Next SPARKLING!!」より

この「君」は「3年生」であって「僕ら」は「1・2年生」であったのに対して、ライブでは「君」は「10人目」で「僕ら」はAqoursと意味が変わる。また、我々も歌うとこの「君」と「僕ら」は逆転する。つまりお互いが繋がっているということを双方向で確認している歌になるのだ。
この歌詞で言えば、これからも繋がっているんだよとをAqours"約束"したということだ。

幕間2

二人の少女と10人目

ここまでは「10人目」の存在を前提としていることについて確証は持てなかったがここの演出で確信した。

最後の幕間では映画の最後のシーンが意図的に"間引かれた"形で映された。

ライブでは「Next SPARKLING!!」が終わった直後にいきなり「Aqours」の文字を書くところから始まる。

逆に映画では、Aqoursに憧れる女の子二人が内浦の砂浜に来て「聖地だよ!」とはしゃぎながら「私も高校生になったら(Aqoursのように)スクールアイドルをやって輝きたい!」と言いながら砂浜に「Aqours」の文字を書き始める。

この「二人の少女」が消されていることでAqoursの文字を誰が書くかは明示されていない。
だけど、この場にいるのは「10人目」だけであり(「Next SPARKLING!!」の終わりにはキャストですら舞台から降りてしまうのでステージには誰もいない)、「10人目」が映画における「二人の少女」のような役割を果たしていると考えられる。「10人目」と「二人の少女」の共通点はAqoursに魅せられている点。その魅せられた気持ちの表れが砂浜でAqoursという文字を書く行為にあたる。
実際「10人目」が内浦の海岸という"聖地"に行ってAqoursという文字を書くことは「二人の少女」が行ったように日常的に行われている。
ここで映画と文脈は全く同じではないものの、「10人目」と「二人の少女」がリンクする。

紙飛行機

そして、最後にどこからかやってくる紙飛行機。
最後のAqoursと書かれた文字の横には紙飛行機が置かれている。
紙飛行機を飛ばす行為とは物語においてどのような意味を持つのかから考えていきたい。
私は以前から紙飛行機を飛ばす行為とは、「意志ある挑戦」を示すのだと思っている。
その理由をまず紙飛行機の性質と機能を説明し、そしてラブライブ!サンシャイン!!という作品においてどのような意味合いを持つのかを考えてみよう。

☆紙飛行機の性質
まず紙飛行機は自然にできるものではなく紙から人の手によって作られる。
つまり紙飛行機は"人の意志"をもって作られるものである。

☆紙飛行機の機能
紙飛行機は"飛行機"と名の付く以上移動する。移動する物体には必ず移動の向きが存在する。紙飛行機の場合、移動の向きは飛ばした人によって決められる。
つまり、紙飛行機は飛ばした人が飛ばしたい方向に飛ぶ。つまり必ず紙飛行機には向きと目的地が存在する。

ラブライブ!サンシャイン!!における紙飛行機
紙飛行機は思うようには飛ばない。風や空気抵抗によってすぐ方向が定まらなくなる。むしろ風にうまく乗れば思いもしないほど飛ぶ時もある。
紙飛行機を飛ばす行為は挑戦することを意味する。
つまり、何かに挑戦することに多かれ少なかれ外圧があることを示しており、必ずしも自分の思い通りにいかずうまくいかないことを示している(実際に映画の冒頭で幼い千歌は紙飛行機をうまく飛ばすことに失敗している)。
でも紙飛行機は飛ばなかったらすぐ手元に落ちる。
f:id:ashika_ouou:20190616120618p:plain 手元にある紙飛行機を拾ってもう一度飛ばすという行為のリスクは少ない。
何度でも紙飛行機を飛ばせる、つまり挑戦できるということだ。
挑戦に足踏みする人間に対して「意外と紙飛行機を飛ばす行為のように挑戦することのリスクは少ないかもね」と言っているように思える。紙飛行機の例えについて考えるとき毎回私は「勇気はどこに?君の胸に!」を思い出す。

何度だって追いかけようよ 負けないで
失敗なんて だれでもあるよ
夢は消えない 夢は消えない
勇気はどこに?君の胸に!」より


紙飛行機になぞらえるならば、
「紙飛行機を飛ばすことが失敗することは誰でもある。だけど、失敗した紙飛行機は手元にある。だから紙飛行機は手の届かない所に飛ぶまで何度でも飛ばすことが出来る。飛ばすのを諦めるその瞬間まで手元にある紙飛行機の存在は消えない
ということになるだろう。

前置きが長くなったが、更に限定して今回のライブにおける紙飛行機について述べたいと思う。
今回の紙飛行機は2期12話で千歌の元から飛んで行った紙であると推測される(実際、この紙飛行機がどんな紙飛行機かについて精緻に考察している方がいるので紹介させていただきます)。

合計11回登場している紙飛行機ですが、分類してみると実際には3種類の紙飛行機が劇中に存在していると考えられます。

紙飛行機の話 - ぶブログ


こちらの記事のとおり、アニメの中に出てきた紙飛行機は3種類あり、そのうち今回のライブにおける紙飛行機はⅢの2期12話「光の海」で千歌が飛ばした「0」の紙と同じである。

ここで二つの疑問が生まれる。
1.何故、紙飛行機が無地ではないのか?
2.何故、2期12話「光の海」では紙だったものが紙"飛行機"になっているのか?

まず、何故無地の紙飛行機ではなくて「0」の紙飛行機が飛んで来たのか。
この「0」の紙がAqours固有のものだからだ。


千歌(Aqours)の根底には1期8話「くやしくないの?」における東京スクールアイドルワールドという大会で「0票」だったことの悔しさがある。「0」という結果を突きつけられたこと、この紙が"事実/過去"だとするならばその紙を見てどのような方向に向かっていくか?(千歌の"方向"は「0」を「1」にしたいでした)を示す紙飛行機は"意志"である。

また、"紙"ではなく"紙飛行機"なのは、伝えたいのが"事実"ではなくて"意志"だからだと考えられる。
千歌が飛ばしたのは紙で、その時点で千歌から離れているので、それを紙飛行機にするという描写は存在しない。

でも紙飛行機を"意志"と捉えるならば、どこに飛ぶか分からない紙より、明確な意志を持って飛んでくる紙飛行機になる方が自然である。
(紙が紙飛行機になる瞬間についての根拠がないから少し甘いかもしれません。そもそも元となるサンシャインの映画で「なぜ、最後のシーンは紙飛行機になっていたのか」というところから考えなければならないと思います。ただ、私としては「意志を具現化したら紙飛行機となった」以外の理由はないのかなと思います。)

では結局この紙飛行機はどんな意志を伝えたかったのか?
まず、映画において紙飛行機はAqoursの文字を書いたすぐ横に飛んでくる。
これはAqoursの意志を受け継いで、「私もAqoursのように輝きたい」という二人の少女に向かって「次はあなたが(スクールアイドルを)やる番ですよ」と伝えていると解している。
しかし、今回のライブにおいては映画とは違って、その紙飛行機は「10人目」しかいない場に置かれている。このライブの観客は別に「スクールアイドルをやりたい!」という人だけではないだろう*6。だからもっと一般的な話で、「次はあなたが夢を叶える(又は挑戦する)番ですよ」というメッセージだと思っている。

残るのはAqoursの文字と紙飛行機だけ。「あなたはどうする?」とまるで「10人目」に聞かれているかのよう。Aqoursが飛ばした紙飛行機に触れるかそれとも無視するかも「10人目」に委ねられている。でも、「あなたがもし何か挑戦するなら私たちの挑戦を思い出してほしい。すぐ近くにあるから。」と紙飛行機を置いてくれている。アニメのAqoursとしての最後のささやかな後押しである。挑戦を厭わない、だけど「必ず出来る」なんて言わなくて、後押しをするだけ。とてもAqoursらしくて美しい終わり方だなと感じる。

君の夢を教えてよ
「Jump up HIGH!!」より

どこかから飛んできたこの紙飛行機は内浦の海岸で止まる。「意志ある挑戦」を続けたAqoursが一つの着地点に辿り着いた「軌跡」の一つの終わりを示すのだろう。少なくともAqoursの意志を乗せた紙飛行機はAqoursの元を離れて止まったのだ。卒業も併せて一つの区切りを表すのであろう。

最後に〜虹がかかるということ〜

「10人目」は「美しさ」にこだわり、虹をかけた。
Aqoursも「美しさ」にこだわり、今までのライブと構成を変えてまで卒業と紙飛行機のメッセージを伝えた。
思い思いのカラーのペンライトを振るほうが簡単なのに。
今までと変わらない構成にするほうが絶対に楽なはずなのに。
Aqoursも「10人目」も予期していなかっただろう卒業と虹。"奇跡"であった。
私は"奇跡"という言葉があまり好きではない。なぜなら、物事を"奇跡"と呼んでしまうと誰かの努力をないがしろにして突然あたかも外生的にその物事が生じたかのようなニュアンスに捉えられてしまうからだ。それでも誰も予期しなかったコンビネーションは"奇跡"と呼びたいなと思う。

「奇跡は起こるのかな?」
「私、思うんだ。奇跡を最初から起こそうなんて人いないと思う。ただ一生懸命夢中になって、何かをしようとしている。何とかしたい。何かを変えたい。それだけのことかもしれない。だから!起こせるよ、奇跡。私たちにも!」
「起こるかな、奇跡!」
「起こるよ!だって…だって…!虹がかかったもん!
(君のこころは輝いているかい?が流れる)
どっちにするかなんて選べないし、どっちも叶えたいんだよ。だから行くよ!諦めず心が輝くほうへ!」
アニメ「ラブライブ!サンシャイン!!」2期3話「虹」より

虹がかかったことは2期3話においては奇跡が起こることの理由づけにされる。 しかし、この奇跡が起こる理由づけは全く持って論理的ではない。
要は奇跡が起こる根拠なんて最初からないのだ。これは単なるおまじないで、信じるための後押しである。

実際アンコールの虹はライブの演出やシナリオの外にあることなので、この虹には示唆も意味も本来はない。そんなことは最初から分かっている。
だけど、みんな大丈夫だ。だって虹がかかったもん。と言える気がする。
分からない未来に対して、虹というおまじないがこう思わせてくれたのだ。

パンフレットには虹色の紙飛行機の背に虹が映っていた。虹色の紙飛行機は、虹を越えてまっすぐ空高くそれぞれの道へ飛んでいく。
そしてきっとそれぞれの色でそれぞれの道へ虹からは見えなくなるほど高い所まで飛んでいくのだろう。

一つの区切りは永遠の別れではない。別れの次に待っているのは出会いである。
卒業したのは"アニメAqours"であって"リアルAqours"の活動は続いている(浦ラジやニコ生、CDなど)。コンテンツを畳んだ訳では決してない。
だけど、今まであった"アニメAqours"が卒業するのは寂しいのも確か。
そんな寂しさを抱えながら、私たちは「全てがここにある」というメッセージを受け取り、Aqoursが残した紙飛行機をそれぞれの手に取って飛ばすのだ。
寂しさはあれど、区切りとしてはやはりとても美しくそして温かいライブだったなと思えた。
伊波杏樹さんのMCでもあったが、また会える時のために「好き」を続けること、また会うための「場」を残すことが大事なんだと思う。「会いたい」と思う限り「好き」で居続けること。「好きだ」と声にすること。とても難しいが、それが私たちに求められていることなのだと思う。

出会い・別れ
繰り返すってことが わかってきたんだ
でも笑顔でね また会おうと言ってみよう
ココロから、ね

*1:ユニットカラーがピンク、キャラクターのカラーが赤緑黄

*2:https://www.youtube.com/watch?v=OA_3A_BhloU

*3:「時は今日も過ぎていく止められない」や「ずっとここにいたいと思ってるけどきっと旅立って行くって分かってるんだよ」

*4:「だけど先に道があるいろんなミライ次のトキメキへと」

*5:実際のところこれは他の人よりは少し新しい記憶というだけで曖昧な記憶を論拠にしています。物理的な余地がないように思えたと述べましたが、例えば応援上映で「10!」を叫んでいたかとかの方が論拠になるかもしれませんね。「太陽を追いかけろ!」のように「10!」の間はあまりないのに「10!」を叫ぶパターンだってあり得る訳ですし

*6:勿論伊波杏樹さんや大西亜玖璃さんのように、実際にラブライブ!シリーズが好きで憧れ、本当にその好きの思いから「スクールアイドルになる」という夢を結実する人もいるのだが、大半はそうではないだろう

永遠って言いたくなって~Aqours 5th LIVE Next SPARKLING!!に向けて~

Thank you,FRIENDS!!の歌詞には「永遠」という言葉がある。

永遠って言葉が出て来たよ不思議と

永遠って言いたくなって


最近までこの言葉の意味がよく分からなかった。
永遠を意識すればするほど、その事実と離れていることが浮き彫りになる。
「永遠と言いたくなる」という気持ちが分からないわけではない。共感もする。
でもこの"永遠"は永遠ではないんじゃないだろうか?という疑念があった。
虚勢を張っているだけのではないだろうか。
虚勢だからこそ趣深いという考え方は確かに存在するが、その意見はただの虚勢であることは否定できていない。

そんな時に諏訪部順一さんのツイートを見かけた。


この言葉を見た時、目から鱗であった。
私の言っていることは半分正解で半分誤りであった。
つまりはこういうことだ。
「永遠」であることと「永遠を感じる」ことは違う。
「永遠」は存在しない(またはその存在を立証することは難しい)。
だけどそんな存在しない「永遠」であっても、「永遠を感じること」と「永遠を感じないこと」は明確に違うのだ。
だから「永遠」でなくとも今「永遠を感じる」ことには価値がある。
歌ってそういうものだろう。その歌に乗せた言葉が事実か正しいかなんて本質的にはどうでもいい。今その時の気持ちを歌うだけ。でもその気持ちは間違いなくそこにあってそれは真実だ。
そう理解した時、やっとこの歌詞の意味が分かった。


4th LIVEについて

思えば4th LIVEの時、事前には失礼ながらほとんど期待していなかった。

そもそもコンセプトが何なのかも全くわからないし、3rdから4thまでに出た新曲は3曲。むしろとある不安を抱いていた。
先代のμ'sは、東京ドームでFinal Liveを行った。東京ドームといえば、μ'sにとっての終わりの象徴であった。
Aqoursもこのライブで「終わりを示す」のではないかということ

分からなくはないが、こういうネガティブな声は聞いたし、「μ'sのゴールを勝手にAqoursのゴールに設定していた人」はたくさんいた。
正直言うと見るたびにうんざりしていた。

自分自身は「うるせえ終わってほしくねえんだよ!!!」と抵抗する側だったが、不安がない訳ではなかった。
次がないことなんてあってたまるか、終わるわけがない、終わってほしくないその一心で迎えた4thライブは蓋を開けてみれば本当に素晴らしいライブだった。ライブ前にネガティブだった自分が愚かだったなと反省するほどには。
μ'sの時終わりの象徴であった東京ドームはAqoursにおいてゴールじゃなくて、道半ばであった。だからこそ"今まで"と"これから"を示すものだった。
パフォーマンス、楽曲、演出等色々あったけど私個人として最も嬉しかったのはライブと告知で"これから"の道を示してくれたことであった。

未熟

映画「ライライブ!サンシャイン!!」で初見時に、個人的に物凄くAqoursらしくて好きだなあと思ったシーンが2つある。
静真高校の部活動発表会での失敗があり、「6人のAqours」について考え直す内浦の海岸での千歌と梨子の会話。

「私たちきっとまだまだなんだと思う」
「優勝したのに?」
「でもまだまだ」
「そっか、まだまだか」
「まだまだやれることたくさんあるって思える方が私たちらしい」
「走ろうか!」
「うん!」

初見時、一番最初に涙が止まらなくなったシーンだ。
ラブライブ!」シリーズには時折わざとやっているんじゃないか?と思える"リアル"との生々しいリンクが存在する。
例えば、無印の映画にあったあまりに人気が出すぎて歯止めが効かなくなる「?→HEARTBEAT」前後のシーンも非常に生々しくて初めて見たとき衝撃的だった。
この会話もまた、"今のAqours"を表している生々しさがある。

以前も紹介したが、津島善子役の小林愛香さんはとあるインタビューでこう述べている。

「でも私たちって、最初からドームでのライブ、紅白出場を求められたと思うんです。それが最低ラインというか。そこに立たなければ、その先もない。私たち的にはそこがスタートライン。大人には東京ドームは通過点と言われていました」*1


要は「まだまだ」なのだ。でもセリフにもある通りまだまだというのは裏を返せば「やることがたくさんあること」を示している。実際に梨子はそう捉えて私たちらしいと言っている。
きっとなんだってそうだ。現状に満足したら終わりで、探せばいくらでも「まだまだやれること」は存在する。だから、「そっか、まだまだかぁ」と言う千歌や「走ろうか!」と言う梨子はなんだかとても嬉しそうな笑顔で「走ろうか!」と一緒に走り出す。

あぁ、終わらないんだ

このシーンを見た時リアルとアニメが繋がってそう思えた。

「物事は捉え方次第」というのはラブライブサンシャインの一つのテーマである。
彼女達は悩みながらでも突きつけられた厳しい結果にも決して怯まず、そして歩みをやめず前へ進んだ。
思えば、彼女たちはいつだってそうだった。
彼女達のそんなひたむきさに私は涙したのである。

もう一つが劇中歌「Next SPARKLING!!」。
この曲は映画のEDであり、なおかつ新しいAqoursの始まりの曲である。
その中でも、Aqoursの9人が踊るシーンのあと十字の光が空に映るシーンで千歌はこう歌い始める。

今だって 未熟だけど

私は本当に驚いた。彼女たちは映画のEDで最後の最後ですら自分のことを「未熟」と評するのか、と。
イタリアやSaint Snowの問題、更には「まだまだ」という言葉が当初出てきた静真高校とのわだかまりを乗り越えて、行きついて出てきた言葉が「未熟」である。
何かを乗り越えて自分のことを「未熟」だと思える人間は凄く強い。
「未熟」と歌っている千歌はきっと目を輝かせているだろうと思う。
次の輝きを描きながら。

Next SPARKLING!!〜内と外の話〜

なんで9人で歌うのか?については色々議論があるが、正直ファン以外の人にとってストーリーの整合性(のようなアニメを外からの「評価する」立場にたつ時に使うツール)をもって、9人である理由を見出すことは難しいと思っている。少なくとも私は意味不明とは思わなかったが、万人が納得できるような理由を見出せなかった。
だが、逆に私はコンテンツ内にいる1ファンとしては「そりゃあ9人で歌うだろ」と思っている。
初見時からスッと入ってきてあまり疑問を抱かなかった。

これからの話の前提としてAqoursの「内と外」という概念が登場する。説明すると、アニメの登場人物は以下の3つに分類される。
Aqours:当然Aqoursそのもの
Aqoursファン:浦の星女学院の生徒やその父兄など
③その他:Aqoursに好きではない/興味がない/知らない人(映画でいうと初期の静真高校の生徒)

とても当たり前のことなのだが、Aqoursの内を①ではなく、①・②と書くこともできる(②を内とみなすことが「No.10」に近い概念だろう)。
以下では内を①とみなしている時もあれば、②も含んで述べている時がある。注意を払って述べているつもりだが、少々分かりづらい部分があるかもしれない。ご承知いただきたい。

まず、イタリアから帰ってきた後②浦の星女学院の生徒が①Aqoursに新しいライブのステージの構想を見せたシーンを見てみよう。
(画像はつじ写真館さんより。5/5に撮影したらしい。)
千歌達がイタリアから帰ってきた時既にステージの構想は出来上がっている。

ここで既に②浦の星女学院の生徒は「9色の虹」「9色のバルーン」を想定している。
新しいAqoursの始まりは6人であるはずなのに。
Aqoursはその時完全に分かっていなくても、②浦の星女学院の生徒は分かっている。浦の星女学院の生徒にとってAqoursは疑いようもなく9人なのだ。

1期6話「PVを作ろう」では千歌達の地元である内浦(沼津)の魅力は最後まで分からないままだった。しかし、内浦の海開きという地元の人間にとっては当たり前のイベントが「外から来た存在」である桜内梨子によって内浦の魅力として見出され、実際に評価される*2

映画の話に戻ると、千歌が見つけた「6人になっても9人で過ごした記憶や思いは消えない(から実質9人で歌っている)」という結論は言われてみればあまりに当たり前だ。当たり前だけど、当事者だから気づけない。そのことに先に気が付いているのが浦の星女学院の生徒である。ある意味「9色の虹」の話というのは1期6話と似たような構造である。
違いがあるとすれば、浦の星女学院の生徒は明示的にこのことをAqoursには言わない点。イタリアから帰ってきた後の分校でのAqoursの6人はそのことを分かり始めているから*3かもしれないし、自分で気づいて欲しいのかもしれない。

浦の星女学院の生徒はファンと重なる。
1期13話「サンシャイン!!」では浦の星女学院の生徒は千歌たちの努力を知り、何か力になりたいと感じている。
劇中歌の「MIRAI TICKET」で「10!」と叫ぶのは浦の星女学院の生徒で、まさに劇中の浦の星女学院の生徒はAqoursの魅力を理解し、主体的に参加するもの」である。
その意味においては浦の星女学院の生徒と現実のファンは"同質*4"だと言える。

映画で最後のライブは沼津駅前で静真高校の生徒と父兄が観客として行われた。
②たくさんの応援してくれてる人に支えられながら3年生の旅立ちと1,2年生の始まりの決意を口にし歌った曲。
物語としても③外部者だった月をはじめとする静真高校の関係者が②ファンとなっていくところで終わる。μ'sのスクールアイドルが根付くように「SUNNY DAY SONG」をまだ見ぬスクールアイドルに向けて歌ったということと比べてもラブライブサンシャインという作品はとても"ミクロ"だと思う。


少し本題から逸れたが、何が言いたいかというと「Next SPARKLING!!」において9人で歌うのは9人であることを内側の人間である①Aqours、②浦の星女学院の生徒(ファン)が当たり前と思っているからそれで良いと思っているということである。

4th LIVEの「想いよひとつになれ」だってそうだ。「シンクロライブ」の大原則沿って見れば8人で歌う曲を9人で歌うなんて有り得ない。だけど、9人で歌うことが本来のあるべき姿だから9人で歌うことを選んだ。これは①Aqours自身の話であるが、②ファンもこのことを受け入れた。多分文句を言う人はほとんどいないだろう。なぜなら1stでやりづらくなってしまった過去やアニメのストーリーを知っていて、その封印を何とか解きたいと願っていたから。③ファンではない一般の人には理解できないかもしれない。アニメと同じという意味でのシンクロが正しさか、本当にその正しさが必要か、という今までのライブを覆す問題提起をしたライブだった。

「Next SPARKLING!!」でも同じことが言える。
何もアニメそのものになることが正史ではない。5thで「Next SPARKLING!!」がどう披露されるか想像はつかないが、9人で歌うことを②ファンが認める、それでいいじゃないかと思う。



さあ 幕が上がったら ずっと歌っていたいね
「僕らの走ってきた道は...」より


私個人で映画で1番好きな曲の中で、映画中で1,2を争うくらい好きなシーンだ。「ずっと」。
これもまた一つの「永遠」で、ありえない願いだ。だけどそこに確かにあるのは「ずっと歌っていたい(今の)気持ち」である。
ラブライブサンシャインという舞台の幕は(映画の時制を順通りと仮定すれば*5)「WONDERFUL STORIES」で下がり、「僕らの走ってきた道は...」以降映画ではずっと上がったままである。
終わらないんだ、またそんな気持ちにさせられる。

物事には終わりがつきものである。舞台の幕はいつか下がるし、Aqoursだって終わる。私には今その覚悟はとてもできない。これからもその時が来るまで、覚悟はできないのだろうと思う。きっと「次で終わるのかも」と思ったほうが気持ちが楽で賢くて合理的なのだろう。けれど、どんなに愚かで非合理的でも私は構わないと思っている。
永遠とまでは言えなくても、どんな形でもいい。これからも力を貰いたいし、続いて欲しいのである。

やはり私が言いたいことって簡単に言えばそういうことだ。
長々と理屈を述べたが、要はAqoursに続いて欲しいということ。5th、そしてこれからもよろしくねということ。
そういうシンプルなお話でした。

5th LIVEまであと1日(いや、あと1日か...)。我々がAqoursに見せてくれるものは何なのか。凄く楽しみだ。

終わらない夢見よう。

*1:https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181228-00010001-bfj-ent&p=2

*2:本筋から逸れてしまうのでこの備考のみに留めるが1期7話で寄せられる視聴者の好意的なコメントが「ランタンが綺麗」であり、Aqours自身のパフォーマンスが評価されていない点は面白いなと感じている

*3:ルビィの「できる!」やその直後の千歌の家での千歌と梨子の会話から読み取れる

*4:同じとは言わないが…

*5:なお、筆者は時制が順通りかどうかについて(というより「WONDERFUL STORIES」、「僕らの走ってきた道は…」はそもそも現実の時系列の中に入っているのかについて)はやや懐疑的であるがいったん置いておく。とはいえ「WONDERFUL STORIES」より「僕らの走ってきた道は…」が先だとは考えられなず、現実の時系列にあてはまらないにしても、そこには明確な不等号が存在するのでこの仮定が実質的に誤りという訳ではない。

ご報告:「動けば変わる」ということ。

5月31日に新卒から今までいた職場を退職した。
1年前、こんなに自分がAqoursにハマりそれがきっかけで自分のやりたいことを見つめ直して転職する、こんなこと想像しただろうか。まるでびっくりなプレゼントのようである。

最初に言うと、これは私と転職活動とAqoursにまつわるとても個人的な話である。だから、一般的か?有益か?と言われるとそうとは言い切れないかもしれない。
しかし、ブログとはあくまで「自己」発信のツールである。何も他人に有益な情報を流さなければならないという訳ではない。(と、同時に「発信」ツールであるから読み手の他者を想定しているのだが)

...ということで、何が言いたいかというと転職に関する有益な話はきっとしませんので、自分語りにお付き合いください。

学生時代

プログラミング

進路に悩んでいた大学3年生の時のこと。 理系の学生だったこともあり、とある会社でプログラミングのインターンをしていた。
自分の経験が欲しかったから、これを大学院生までやっていれば3年か4年やったことになるし箔(とスキル)がつくかもしれないなんて甘いことを考えていた。
しかし、実際はこの仕事では全然成果は出ず、もの凄く辛くて、1年間成果が出ないまま。
やればやるほど自信がなくなっていき、上司との折り合いが悪くインターンとはいえ仕事にいくのが嫌になってしまいました。
そんな中、特に無断欠勤や遅刻をしたわけではないのに、4年生の夏に告げられたのは「クビ」でした。

大学院入試

このインターンで自分の学科に関連する仕事なんて無理じゃない?と思っている僕に追い打ちをかけたのは、同じ時期に受けた大学院入試だった。
僕の学科の大学院入試は同じ研究室でも(うちのような研究室の場合)学部4年生の時は10人受け入れるのに対して大学院生になると4,5人になるといったように、まずそもそも全員が同じ研究室残れる訳ではなく、また他の研究室から来る人間もいることを考えると4年生から大学院生で同じ研究室に残れる人間というのはそう多くはなかった。
院試は見事に失敗し(失敗というよりかは自分が希望していた研究室が上層だったのに対して実力は中の下くらいだったから当然ともいえる)、割り振られた研究室は第5志望。
正直いうと、「行きたくない研究室」だった。 4年生の時にやっていたテーマに中身が一番近かったのがその研究室だが、一度その研究室を訪れた感想として感覚的に行きたくないと感じてしまっていた。
そこで、受けていたもう一つの学部のむちゃくちゃテーマは違うし興味はないけど環境は悪くないところに行くことにした。

とはいえ、研究というのは、創作活動的な(絵画や小説を書くといった類のもの)に近く、興味のないものをやるというのが非常に難しく苦しいものである(非常に乱暴に言えば、興味のない分野の研究を2年間やってくださいってのは風景書きたい人に学費払って人物画を2年間書いてくださいって言ってるようなもの)。

じゃあ何故わざわざそんな道を選んだか?
"最初から辞める気だったから"

この時点で一浪一留(+2)。
その年にすぐ気持ちを切り替えて就職する決意は湧かなくて、来年就職するぞという気でいた。
大学に残るという選択肢もあったが、+3だと就職活動はまともにできないという言説があり(試したこともないので知りませんが、実際には少なくとも応募はできる企業はたくさんあるよう)、恥ずかしながらそれを盲信していたため、門前払いと思って諦めていた。

就職活動

「早く逃げたい」

+3という絶望的なビハインドを背負っての就職活動の正直な気持ちでした。つまり、僕の就職活動は「研究からの逃げ」であった。とにかく早く逃げたい。

ここで持ち前の視野の狭さとネガティブさを発揮し、「+3でも大丈夫そうなところ」なおかつ「理系を捨てて文系就職」であるところしか受けないことを決めました。

本当に視野が狭い舐めた就職活動で説明会に行った回数も5回くらい、ましてや合同説明会みたいなものは行ったこともなく「就活」をロクにしないまま内定を貰った。いや、貰ってしまった。

もしかしたら「そんな楽に就職活動出来ていいじゃん」と思う人もいるかもしれないが、自分はそういう風には捉えていない。相当最初からシャットアウトして決めているため、それ以外の情報をここで大量の未来の選択肢を捨ててしまっていた。まあリスク回避のため大学で研究しながら平気な顔して就職活動出来るか?と言われれば…ですが。

就職

自分が入ったのはとてもブラックで有名なところで、最初からその覚悟はあって「社会人になったら自分は終わり」とか「遊んでいいのは学生時代まで」と思って働こうという思いはあった。しかし研修を経て配属されたのは何と一番の閑職だった。

これも「え、ラッキーじゃない?」と思うかもしれない。余暇のない生活を想定していていきなり閑職に割り振られるのも中々気持ちの整理は難しいものである。閑職は組織のメインとは全く別の仕事をしてるので組織のホットな話題が全くわからず、他人の仕事の話題に全くついていけないという厳しさを感じていました。また、業界ルールや人との関わりが少ないから情報を全く知らないまま過ごしていき明確に他の同期との"差"を感じていた。

また次第に自分の仕事が同期で一番暇なのではないか?そしてそれは能力がないという組織の評価なのではないかと思い始めました。

社会人ならわかると思うが、配属は選べないし、そんなすぐ異動できるものではない。いわゆる「どうしようもないもの」のである。
何とかしたいのにどうしようもない。自分が一番暇であることに強い負い目を感じていて、完全にコンプレックスになっていた。

職場では上司に気に入られ高く評価されていたし残業も少なかったので十分に休めていたはずなのに自信を失っていった。
その暇な時間にゲーセンに行ったりクイズしたりアニメ見たりと趣味に勤しんが、それとはまた別に職場に行くとそういった不安や不満と向き合わなければならなかった。
また、異動したいかと言えばそうでもない。異動しても行き着く先は「ブラック」である。幹部になった自分が楽しそうに仕事してるとも到底思えないし、いやそもそもこの生ぬるい環境の後「ブラック」にいきなりぶち込まれたら生き残れるのか。何年か続けられたとして、途中でやめたくなって代わりの就職先なんてあるのか。
もし生き残れたとしても、10年、20年、その「ブラック」から自分の中の大切な何かを奪われていくのではないか。その自己犠牲に対して得られたものは何なのか。自分はいいのか。

そんな不安が自分の頭の中につきまとっていた。そして組織の同期のうち自分は一番できない人間で、自信はない。そうやって存在しない他人と比べて日々を過ごすことによって自らを蝕んでいくのがわかった。*1普通に風邪ひきやすいとかいうレベルではなく風邪を引くようになり、しまいには休みがちになりギブアップして休職してしまった。
この時転職も考えていた。だけど、自分の中で迷いがあって具体的に活動をするほどではなかった。そんな時に休職してしまったため、転職の考えは一度消えた。

休職

僕の休職は休職にありそうなイメージの「職場に行こうとしたら体が動かなくなって出勤できなくなってしまった」というよりかは「5日通して出勤できるほどの安定性がないから一度職場から離れたほうがいい」という状態だった。

しかし、それゆえのもどかしさと罪悪感があり、元気な時も日々を漫然と過ごさざるを得ない気持ち。特に全力で遊ぶことにはかなりの罪悪感があって、何か新しいことを主体的にできるほどの元気はなかった。

その時に再び学生時代に好きだったラブライブ!に出会わせてくれたのがスクフェスACだった。
自分が休職をしたのは2018年3月上旬辺りから。昨年の海未ちゃんの誕生日とポスターイベントは休職して間もないころに始まった。

そして1年前の2018年3月15日は「ラブライブ!」というコンテンツへの再度とっかかりを作ってくれた日でした。
(中略)
まず全体のポスターと海未ちゃんは欲しい、出来るなら全キャラ揃えたいなと思ったのが「ラブライブ!」へのとっかかりのリスタートでした。
(中略)
海未ちゃんの誕生日は自分のラブライブ!との関わりは終わったんだと思ってシャットアウトしていた自分に再度ラブライブ!の魅力を教えてくれた日なのかなと思います。
園田海未ちゃんお誕生日おめでとう2019より

幸か不幸か時間がたくさんあったため、この期間にアケフェスをたくさんやることが出来た。 久しぶりに見る海未ちゃん、そしてμ'sのメンバーは可愛くてやってるうちに楽しくなっていった。

次第に最初はハッキリ言って興味がなかったAqoursにも興味を持つようになった。
ラブライブサンシャイン2期がやっていたのは2017年10月~12月。面白いアニメだったし、コンセプトもとても良かった。休職する少し前で自分の感性が死んでたからかもしれないが、あくまで好きなアニメの一つであった。
スクフェスACスクフェス5周年でスクフェスを再インストールして、Aqours熱のある大学のサークルのメンバーに沼津に連れていかれ、そうこうしているうちにAqoursやそのキャストにも興味を持つようになった。
暇を生かし、昔のニコ生を見たりして一気にAqoursへの興味を持っていった。

そんな時たまたまフォロワーの友人が3rdのチケットを余らせているということを耳にして、チャンスだと思って思い切っていくことにした。

ライブの予習の時、(当たり前だが)Aqoursの曲をたくさん聞いた。音楽の力って凄いもので、アニメを1回しか見ていない自分でも曲にどんな意味があるのか、アニメでAqoursの伝えたいことが詰まっていると分かった。アニメを見直すのはコストがかかるかもしれないが、音楽なら「手軽に」そのエッセンスを何度でも伝えてくれる。この音楽とアニメーション(や主題)の関係性がラブライブサンシャインという作品にエネルギーを貰え、僕がこの作品に強い"オリジナリティー"と愛を感じる理由なのかもしれない。

3rd LIVE福岡公演

埼玉公演を見てさらに興味を持った自分は友人の誘いで福岡公演に行くことに。
ラブライブサンシャインのメッセージが最もストレートに伝わったのが福岡公演だった。

動いてないと探せない 休んでも止まらないで
Aqours「キセキヒカル」

何もしていない状態からは、何も生むことができない。Aqoursのメンバーはだから「あがく」ということを選んだのだ。「キセキヒカル」という曲では「あの頃の僕ら(成し遂げられてない頃へのAqours)へと教えてあげたい」となっている。

変えるためには動かなきゃいけない。
そして動けば変わる。
現状に不満と不安を抱いていただけど、変える勇気のなかったこの時の僕にとって、こんなに勇気を与えられることはない。

その勇気は 君にあるよ
Aqours勇気はどこに?君の胸に!

そう、勇気は自分の中にあるのだ。

キセキヒカルという曲の持つ意味、どうして劇伴では似たようなメロディー(語弊があるかもしれない)が幾度となく繰り返されるか?という疑問が一気に溶けた瞬間であった。
その思い悩むシーンや決意を「奇跡」を起こしたいとあがいたAqoursの「軌跡」だから。その過程全てが「軌跡」として「輝いている」
過程というのは人の生き様だ。この物語は自らの在り方の「全肯定」する物語である。やっと理解した。


3rd福岡の次の日のことだった。
休み明け暇な部署に復職していたのだが、その日に人事より異動が言い渡された。その時のことである。

あなたの最初の2年間は失敗だった。次がラストチャンスだと思って頑張れ。」
「...は?」

その時人事から投げつけられた言葉は、前の日にラブライブサンシャインが教えてくれたことは全くの真逆であった。「他者からの全否定」である。お前のやったことは無駄だと。

本心じゃなくて人事として異動をさせるために発破をかける意図があったのかもしれない。それにしても普段の行動を把握していないお前に何が分かるんだと憤った。
僕はここで仕事のブラックさ以上にこうでもしないと人を回すことのできない組織体制に嫌気がさし、今後この組織とはやっていけないと思ってしまった。
僕はこの時に「辞めよう」と思った。


転職活動

2018年編

秋ごろに少しだけやったが、はっきり言うとうまくいかなかった。
理由はとても簡単で転職でやりたいことがなかった

最初に相談したエージェントは、業務内容を適当に話して性格やコミュニケーション能力?を見られてどんなお仕事に向いてるかを教えてくれる。いや、お前は占い師か何かか?
その時は向いてそうな仕事やその業界の情報など、いろいろ教えてもらっい面談後にメール1件貰ったもののイマイチ条件に合いそうなものはなく、連絡はなく。ただ、向いている職業というのが存在するということが分かって一つの自信となった。

次にアパートの一室で個人でやってるおばちゃんのところに行った。
そこで勧められて何個か書類選考を送ることにしたものの、落ちる落ちる。
何個か書類を出したもののうち一つだけ面談に行かせてもらえたので行くことに。初めての面接だった。

…しかし、その面接が最悪であった。
どういう点で最悪かというと、
1.自分が相手の会社と接点を見出せずロクに準備をしてこなかった点(この日のために1日休み取ったのに面談の準備をせず、面接のギリギリまでゲーセンにいてその後ギリギリの時間に着いた)
2.相手の会社の面接の職員の態度がでかく常に詰め詰めだった点
3.面接の受け答えもあまりにダメすぎて1時間と言われていた面接が15分だった点

もう終わった瞬間落ちたと分かった。エレベーターに送られた後、酷すぎて笑うしかなかった。
面接中に自分の気持ちも切れていて、「〇〇が強みと書かれていますが、何か裏付けするエピソードはありますか?」「ありません!」と答えてしまったり散々であった。

当然のようにお断りの連絡が来た。

当然の結果ではあるものの、そもそも転職活動してるのに何もやりたいことがなくて何もできない自分が、悔しくて、悔しくて。
ラブライブサンシャインの1期8話「くやしくないの?」を見て泣いた。
1期8話「くやしくないの?」は東京のスクールアイドルワールドという大会で「0」を突きつけられる話であった。「0」というのは全否定である、「他者からの全否定」。他者から認められない者は存在しないのと同じなんだ、そういう悲壮感をもった高海千歌をはじめとしたAqoursのメンバーの姿はとても自分と重なるような感覚がした。誰にも認識されない。必要とされていない。「0」ってそういうこと。リーダーという役割を求められるが故にその点に素直に向き合えない千歌。最終的に千歌は自分の悔しい気持ちに向き合い、「0」じゃない世界を知りたいからと彼女達はまた走り出す。

さて、自分はどうなんだろう?
まず、自分がなんで今のところに入ったかを考えた。研究が嫌だったから。理系を諦めたから。 じゃあ今のところをやめるのはなんで?
今のところが嫌で向いていないし、希望が持てないから。

...あぁ、「同じ構造」だと。

もっと言えばわざわざ東京で一人暮らしをするために大学に入った理由も、中学受験に失敗したせいで自分のコンプレックスが生まれてしまい、それを解消するために東京というほとんど誰も自分のことを知らない新しい世界に行くためだった。

自分の人生、逃げ続けてばかりだ...って思った。

きっとこのネガティブな理由だけのまま転職活動を続けても幸せにはなれない。また逃げるだけだ。そんな未来には希望は持てないと思い、一旦転職活動をやめることにした。

そして思った。ブラックなことより今仕事に居場所を感じられず、未来を描けないこと、仕事で人生のたくさんの時間を使っているはずなのに輝けていないことが嫌なんだと。

自分の輝きは組織によってではなく、結局のところ自分で定義するもの。
だから、自分の「今やりたいこと」を見つけて、その為に転職活動したいと思った。

当事者

とはいえ、そんなに簡単にやりたいことは降ってくるものではない。
今考えればこの時は毎週のようにブログを更新していたから、真剣ではなかったのかもしれない。
だけどそんな自分に勇気を与えられる出来事があった。前も記事にしたものであるがウルトラジャンプ1月号のインタビューにおける逢田さんの言葉だった。

私たちは皆さんのおかげで沢山の夢を叶えてこれたって今回思った。これからももっともっと叶えたいことがあるけど、10人目の誰かの夢を後押ししたい。日頃、色々な夢を抱えている人も多いと思うから、みんなも一緒に叶えよう!
ウルトラジャンプ2年生インタビューの逢田梨香子さんの言葉より)

僕自身は「ラブライブ!サンシャイン!!」という作品を見て、曲やライブを通して「夢」を強く意識したという話は以前もしたと思いますけど、それは言葉じゃなくてライブやアニメを通してだった。タイトルの言葉を直接噛み締めた時が「まさに夢を与える仕事」の意味を体感した瞬間。これを見た瞬間「ああ、自分も頑張らなきゃなあ」と思いました。
(中略)
自分の夢を叶える者として当事者意識が強く芽生えたのはこの頃でした。
推しが活躍することを願うだけではない、推しの活躍で自らの新しい夢や目標を手に入れることも「夢を与える仕事」をする人の願いなんだと感じられました。
僕たちはそういう風に思われているのだと自覚しなければならないのだと。
「10人目の誰かの夢を後押ししたい」より

自分は「自分の人生の当事者」なんだって思えた。
とても当たり前のことだけどそう感じて生きるのはとても難しい。
自分の人生を動か動かすのは自分のみなんだ。だから、ふと歩いていたらアイディアが浮かんでくる訳じゃない。向き合って、年始からもう一度転職活動をしようと思った。そのために自分のやりたいことを年末年始で凄く考えた。

2019年編

年末年始にやりたいことを考えてようやく焦点が定まった。
だから、ファンミと映画に行きながらの転職活動・・・くらいのつもりだった。
普段はそこまで忙しくない部署だが、年始から20年に一度くらいの大炎上を経験した。
2月は電車で帰れなくてタクシーを月に5回経験とか、本当に平日は死の日程だった。

休日はイベントを最優先し、空いてる日は転職エージェントに会って求人を探す。
残った時間で面接対策したり、受ける会社のお勉強をしていた。
映画は休日の空いてる日か平日深夜のやつに行き9週目まで毎週見た。
本来忙しいアピールなんか全くもってしたくないんだが、今回ばかりは自分でうまくイベントと両立して頑張ったなと思える。
ただしその代償は勿論あってブログの更新頻度は激減したし、クイズもやめてしまった。

2ヶ月半で5社(やりたいことが明確だったためか確か書類は全通した)受けて、面接で落ちるのを繰り返しで必ずしも限られた時間を使って面接対策をしても報われる訳ではなかった。
でもそんな辛くて転職活動をやめたいなと思った時に勇気付けてくれた3つの歌がある。

変われそうだって 変われない時だって感じてるから
こんどこそ こんどこそ
ゼロからイチの扉を開けよう 変わりたいときなんだ
多分この先の未来は謎のままだね
Aqours「Step!ZERO to ONE」

この曲の歌詞の素晴らしい所は「変われないことに対して無責任ではない」ことである。元気を与えられる歌には「きっと出来る!変われるから大丈夫!」と出来たことを想像して又は現実に出来た状態を歌う趣旨のタイプの曲が多いと思うが、この曲は間違いなくそうではない。
むしろ「変われないこと」を起点としている。こんなネガティブなのに、元気を与えられる歌があるか。このネガティブさは変われない時を認めているからこそ生まれる。「こんどこそ」という言葉からAqours自身が「変わろうとしたものの変われない」ことが読み取れる。それでもゼロのままだと未来はわからないまま。だから扉を開ける(=行動する)のだということ。
私は変われない側の人間だった。だから変われない人間に寄り添ってくれるこの歌に凄く元気を貰えた。

夢は夢のようで過ごすだけじゃなくて痛み抱えながら求めるものさ
Aqours「WATER BLUE NEW WORLD」

この歌詞から浮かぶアニメのシーンは
「一番叶えたくて叶えられなかった願い」


その「どうしようもなく」「取り返しのつかない」痛みでさえも夢を求めるための一歩だった。
今自分が「辛い」と感じていることは夢を叶える一歩なんだなと思えた。

投げ出したいときこそ大きく変わるときさ
そこにきっとチャンスはあるからあったから
動いてないと探せない 休んでも止まらないで
Aqours「キセキヒカル」

「じゃあ救ってよ!」

投げ出したいとき「こそ」、変わるとき。この言葉にすごく勇気付けられた。
これはラブライブサンシャインが見せてくれたとても大胆な発想の転換だった。現実にあるのはどうしようもない事実だけで事実は変えようがない。だけど、事実を受け止める時必ず人は認識というフィルタを通すのだ。大きく変えるためにはそのフィルタを変えるのだ。
救うことは廃校を阻止することだけとは限らない、「救う」という言葉は決して客観的な言葉ではない。だからこそ、目的のための手段は一つに限らないのだ。


...そんな感じで励まされながら、転職活動を始めて2か月ぐらいの時、今度就職する会社の面接を受けることになった。

この会社、一番最初に受けて1時間の面接を15分で帰された会社と同業の別会社であった。
正直言うとその時のとても嫌な記憶があり、イメージしたやりたいことには近いものの、受ける前にはあんまりいいイメージないしどうせまたボコボコにされて落ちるでしょ~くらいの気持ちだった。

しかし、実際に行って出て来た面接官はすごく穏やかで、だけどすごく熱があって驚いた。
書類出した時点で印象は良かったのもあるだろうが(ここは実力というより運だと思う)、
そんな面接官の話を聞くにつれ「ああ、俺はここで働きたい」という思いを強くした。

業界イメージが昔の面接のイメージだったから。つまり、感じた「驚き」や「思い」は最初に受けた面接がないと存在しなかったかもしれないということ。

「今までやってきたことは全部残っている。決して0にはならないんだよ!」

あの映画のシーンが強くフラッシュバックした。あんなクソみたいな一度目の転職活動で感じた不快感ですら「0にはならないんだ」と。

その後最終面接を終え、割と穏やかな形で内定を取ることができた。

逃げださずに自分は一歩踏み出せたと思えた。

しかし、これは割と綺麗事で正直に言うと「限界」でした。
僕には辛いことですら全て受け入れ楽しめるほどの度量は無かった。
休日にイベントか就活してアテを探して平日に仕事は残業続きなのに面接を受け...られず(仕事の都合でどんなに早くても週1回・7時からくらいしか面接は受けられない)辛すぎた。もう本当に辛い。一般的に多いかは知らないが、2ヶ月半転職活動をして5社しか受けられなかった。これでも無理をして面接を入れていたと思っているので、相当活動が制限されていたように感じる。
あとは4月の後半から新人の教育役をやらされるということがあり、今日は早く帰りますも中々難しい。そうなるとまた転職活動は鈍りどんどん遅れていくだろうと思った。新職の面接はラストチャンスというのは言い過ぎかもしれないが、間違いなく一つの区切りであった。そう思った時にやっと掴めた。

決まったという連絡は夜残業してる時に職場で受けて、本当に良かった…と。
Aqoursをはじめとしたエンターテインメントがある意義は好きな人にとって生きがいの一つになることだと思う。

Aqoursは間違いなく僕の生きがいだったし今もそうである。特にAqoursには「夢を諦めない不屈の精神」というコンセプトがある。だからこそそのメッセージが僕に力をくれ、こうやって諦めずに達成したかったのだ。ラブライブサンシャイン過程を肯定する物語だった。それでもそのメッセージを受け取った僕は目に見える結果が欲しかった。なぜならAqoursに力を貰ってこうやって新しい一歩を踏み出せたって声に出したかったから。これは僕の傲慢な我儘ででも以前からずっとあった思いだ。

りかこ、本当にソロデビューおめでとうございます。

あなたが夢を叶える姿は凄く応援したいと思えるし元気を与えられます。
これからも夢を叶えて欲しいし、そのために推していく所存です。私も色々と世の中には厳しいことが多いなと感じるところですが、私自身も凄く励まされるところがあって後押しされているなと感じます。だからこそ結果を出したい。頑張ります。
「10人目の誰かの夢を後押ししたい」より

就職先が決まった時、浮かんだ言葉はたった一つのシンプルな言葉であった。

「ありがとう」




「転職します!」とSNSで言ったとき思ったより反響が大きく、めちゃくちゃSNSで愚痴っていたためかほとんど絡んだことがない人に「凄く苦しそうだったのでおめでたい」と祝われたり、ツイッターとLINE両方で祝ってくれる人がいたり、転職先が決まった週末に昼と夜それぞれ別の人に祝われて奢ってもらったり、前の職場の上司に定期飲み会でその話を打ち明けたら祝ってくれて奢ってくれたり、自分の職場のことをよく知っている同期に「あの仕事は大変だったよね。本当に良かった」と言ってもらえたり。
なんだかたくさんの人の温かさに触れたなあと思う。
辞めるなんて勿体ない的なことは内外合わせて本当に誰からも言われなかったのは色々とお察しなんだが
何かの用事で会って直接おめでとうって言ってくれるのが凄く嬉しかった。
こんないい思いできるから毎週転職するか〜と思った。いや、嘘です。しばらくはもう勘弁してください...。
それ以外にも口に出さなくても静かに祝ってくれた人もいるかもしれません。もし読まれていたらこの場を借りてまとめてお礼の言葉を述べさせていただきます。ありがとうございました。

**
完全に余談ですが、安定って何なのか?ということは自分の一件ですごく考えた。
自分の前職は「安定した組織」であった。
でも、安定した組織に所属することは必ずしも自らの安定ではない
要は、組織の安定は自らの安定と完全に密接という訳ではないということ。
世の中、安定した組織の中で働きたいという人は多いようだが、それは本当に「あなたの」安定なのか。
組織が潰れなくても、あなたが潰れることはあるよ、というのは声を大にして言いたい。
自分のあり方がうまく定められることが最も自らの安定なんだと強く感じた。

**

これまでとこれからの話

1年前の自分はまだ休職していた。
そんな先の見えない絶望の中にいた自分がAqoursと出会って自分を見つめ直す機会となってこうやって一歩を踏み出せた。
今考えると1年前には想像もつかない人生を歩んでいる。

「仕事やめてぇ〜」
誰しも思う時はあるし、言うだけならすごく簡単である。
だけど、実際辞めるか?辞められるか?そんなに皆が皆やめる訳ではないだろう。

仕事に限らず「変える/変わる」ということはとてもとても難しくて、強いエネルギーが必要
また、エネルギー(コスト)だけでなくリスクも伴う。新しく変えることは必ずしも正しい訳ではなく、例えば転職活動だと仕事を変えたところで行く先はものすごく悲惨な会社かもしれないし、ものすごくいい会社であっても合わないかもしれない。

でもやってみなくちゃわからないのだ。

「やりたい/違う」と思った時、自分のその気持ちに抗うべきではない。このことをAqoursは思い出させてくれた。
自分は大学受験や就職もそうだけど、どちらかといえば割と自分の気持ちに抗わずに過ごしてきた方だが、以前に比べて年は取っているし*2、だんだんリスクを取ることを恐れるようになっていた。
やりたいことをして自分が納得をするために本当に年齢という要素は枷になるのか?いや、なるかもしれない。だけどそんなことは分からない、分からないからやる、やってみるのである。
と同時に時は待ってはくれない。無常にも過ぎていく。だから今やるのが一番価値が高いのだ。及び腰になっていた僕はきっとAqoursと出会わなかったらこの決断は出来なかったと思う。
その中でAqoursは自分が一歩を踏み出すための自分の中にしかない勇気の所在を教えてくれた。後押ししてくれたのだと思う。

僕が踏み出したのは大きな一歩なのか小さな一歩なのか正直よくわからない。
でも、少なくとも確実に一歩は踏み出していて、新しい船出であることは間違いない。
「新しい船出」というのは決して終わりではなく、始まりにすぎないのである。
だからこれからも生きていかなきゃなと思う。
好きな人たちが輝いていく姿を見ていくと同時に、自らも自らの人生の当事者として輝きたいと思うのである。
好きなものに元気を貰いながら、こうやって自分の「好き」を主張し発信しながら。

今 未来 変わり始めたかも!
だって僕たちはまだ夢に 気づいたばかり

*1:ツイッターでは当時から時折呟いていましたが

*2:取っているとは言っても転職する人の中では普通に若い方な気もするが……

小林愛香1st Fan meeting「and PARTY!!」(昼公演)所感。

今回は4月30日に行ってきた小林愛香1st Fan meeting「and PARTY!!」昼公演の話です。
少し不遜になるかなと思うんですけど、楽しかったので簡潔に書きます。

僕は逢田さん推しなんですが(2回連続)、Aqoursのキャラクターでは小林愛香さんの演じる"ヨハネ推し"なので、声が好きで歌も好きだから参加したくてわざわざFC入って参加しました。
自分の推しのイベントのレポート書けよという感じですが、まあ色々あるんです……察してください

レポートはファンの人が書いてくれればいいので自分はライブパート(の一部)についてだけ書きます。なのでこれはファンミ「レポート」ではなく「所感」と位置付けています。

あいきゃんの印象

あいきゃん(というよりヨハネ)はAqoursを好きになる前(アニメ2期を見た印象)から「ヨハネって可愛い声してるし、演技上手いよなあ」でした。
何よりヨハネとしての"ツン"の演技と善子としての"デレ"の演技の落差が凄く綺麗で、普段ツンとして本心を言わないから本心を言うシーンに心を揺さぶられたり。
キャラクター的に世界観を作りやすく演じやすいというのを差し引いても彼女自身がヨハネという世界を作っているような感じを受けました。
とか思ってたら、「えぇ、この人声優やったことないの!?!?デビュー作??はぁ?意味わからん!!」と思いました。おまけに歌も上手くてカッコいい。
Aqoursのファンになってからは、「とりあえずヨハネに対する愛がすごい人物」という認識でした。ヨハネAqoursが好きなんだってのは色々な発言や行動から感じられていて、あいきゃんという人物をヨハネAqoursなしで認識することはできなくなっていました。
そんなあいきゃんが個人としての写真集「愛香」を出した時のインタビューはそこそこ衝撃的なものでした。

https://www.buzzfeed.com/jp/tatsunoritokushige/aikyan2018
「ドームライブ、紅白出場が最低ラインだった」小林愛香が語るAqours、そして個人の夢

引用元はほとんどこちらなのでこちらを読んでください。

君を守りたい


TVアニメ『クイーンズブレイド リベリオン』EDテーマシングル収録曲「君を守りたい ~Naked Remix~」試聴用PV
事前に少し聞いた程度ですが、クール系の曲を歌うあいきゃんというイメージでした。
この曲の発売は2011年3月。それから8年です。

多分このころは(失礼ですが)今とは比べものにならないくらいの知名度だったと思うし、もしかしたら歌われることなどなかったかもしれない。
この舞浜アンフィシアターという地で真っ赤な*1光の海の中、2000人の大観衆の前で小林愛香としてこの曲を再び歌えるということに凄く感動してしまいました。だって、8年前ですよ。8年前この曲をこの観衆の前で歌うということはきっと想像してなかったんじゃないかなと。それが「ラブライブ!サンシャイン!!」との出会いによってもう一度歌うことができた*2

「この出会いがみんなを変える」

そう思うと涙が止まらなくなりました。後のMCで分かることですが、どうやらこれが初めての披露だったとのこと。

「小さい時から歌うのが好きで、踊るのが好き。もともと安室奈美恵さんに憧れていて、いつか安室ちゃんのようになれたらと、気づいた時には歌手を目指していました」


小林愛香さんと言えば(先の記事にもある通り)安室奈美恵さんのファンであることは有名ですが、この歌ものすごく安室奈美恵ぽいんですよね。津島善子(CV:小林愛香)のソロ曲「in this unstable world」と比べても「君を守りたい」の方が遥かに安室奈美恵ぽいと感じます。この曲にはあいきゃんの安室ちゃんへの憧れが感じられます。


ラブライブ!サンシャイン!!」の1期の挿入歌である「MIRAI TICKET」という曲にはこんな一節があります。

「憧れ」抱きしめて 次へ進めば
僕たちだけの新世界が きっとある
AqoursMIRAI TICKET」より


「憧れ」はあくまで次に進む時に抱きしめるもの。
つまり「憧れ」は目指すべきゴールへの道筋でもないし、決して着地点ではない
「憧れそのものになること」じゃなくて「憧れをヒントにしながら自分の道を進むこと」。 だから、「憧れは地図じゃなくて持ち歩くコンパス(指針)」なのでしょう。


「君を守りたい」は勿論曲はかっこいいのですが、「憧れ」が強すぎるあまり「憧れになろうとして束縛されている」ような印象を受けます。憧れに「なる」ための方法を模索している感じ。この点がすごくラブライブ!サンシャイン!!1期のAqoursとμ'sの関係に近くて、「MIRAI TICKET」を思い出してしまいました。
だから、この歌を聞くとかっこいいとかそういう気持ち以上に僕はすごく胸が苦しくなります。良くも悪くも8年前のアニソン歌手・小林愛香だなと。

デビューから1年後の2012年にはシングル『future is serious』もリリース。しかし、その後数年は歌手として目立った活動はなかった。
小林いわく「やりたいのにやれない。自分の中ではくすぶっていた時期」


こう書くとまるでこの曲を否定しているかのようですけど、曲はとてもかっこいいしあいきゃんの歌は当然のようにお上手なので、帰りの電車でエンドレスリピートして感慨に浸るくらいには好きです。ただ、それとは別に苦しい気持ちになるという話です。

A.N.D.

OPと一番最後に流れた曲で今回のイベント用のファン向けの曲でした。
ダークでかっこいい「君を守りたい」とは全く違って、「ラブライブ!サンシャイン!!」を経て得たものを存分に生かして「可愛い/優しいあいきゃん」に振り切った曲でした。

「自分がいろんな声が出せることがわかりました。
それまで歌った歌はクール系で、アイドルチックな歌が自分では得意だと思っていなかったんです。 そんな声が出るとすら思っていなかったので」


自分ですら気づかなかった自分の美点に気づいた後の「あいきゃんの現在地」を感じられて良かったなぁと思います。

Aqours関連の曲だと「ハジマリロード」の歌声に近い感じ。

横浜アリーナには、出演したアーティストの名前が刻まれているんですけど、
そこに安室ちゃんの名前がある。そして私たちの名前も刻まれるのだと思ったら嬉しくて。
そして東京ドームでのライブに紅白。安室ちゃんの軌跡を辿っているんですよ」

ただ、小林さんが今持っているのはまさに「コンパスとしての憧れ」なんだよなと感じます。
辿り着くまでの道は決して安室ちゃんと同じではないどころか全く違う。けどそれで良いんですよね。

おわりに

推しではない私がこの記事を書くのは不遜だって言っていたのは伝わりましたかね。
端的にいえば、小林愛香さんのイベントなのにラブライブ!サンシャイン!!の話ばかりしてるんですよね。
今回のファンミのセトリにはラブライブ!に関連する曲が1曲もありませんでした。
小林さんは思った以上に「Aqoursのない小林愛香」を考えていたのかもしれません。
しかし、私のこのブログの内容は見ての通りラブライブ!サンシャイン!!と決して切り離さず「君を守りたい」とか「A.N.D.」の話をしてるんですよね。やっぱりこの記事は不遜だなと思います。すいません。

あと、やっぱり自分はあいきゃんに歌ってほしいなと思いました。
小林愛香さんの終演後のブログで引用すると、

わたしは歌うことが
本当にすきなんだと改めて実感しました。
小林愛香 Official LINE BLOGより

いつも概念的な話ばかりしてしまうのが良くないのですが、
実際のところ歌うあいきゃんはとても好きでダンスもかっこいいし今後も応援していきたいと思います。
Body feels EXIT」とかダンスナンバーを歌ってる時のあいきゃんは本当にかっこよかった。
あと全く書かなかったけどトークパートのグッズを使った無茶ぶりが面白かったです。ペンライトを鉢に刺すやつとか。
これからも機会があれば見にいきたいなと思いました。

おまけ(参考)

in this unstable world


【試聴動画】「ラブライブ!サンシャイン!!」TVアニメ2期Blu-ray第3巻特装限定版特典CD③「in this unstable world / Pianoforte Monologue」

ハジマリロード


【試聴動画】セブン-イレブン・セブンネット限定CD付劇場前売券収録曲「ハジマリロード」

*1:「and」のイメージカラーが赤なので会場は真っ赤でした

*2:勿論、当人がオーディションに通るほどの実力、才能、能力を持ち合わせているからであって全てがラブライブ!サンシャイン!!のおかげ、なんて言うつもりはありません

Landing action Yeah!!~幕張公演と鈴木愛奈~

これ書き始めたの1月なんだけど!?
はい、こんばんは、あしかです。
今回はタイトルの通りですが、Landing action Yeah!!とAqours鈴木愛奈さん)と幕張公演にまつわる話をします。

「幕張公演」がたくさん出てきてややこしいので、Aqours クラブ活動 LIVE & FAN MEETING 〜 Landing action Yeah!! 〜 幕張公演のことを「2017幕張公演」、Aqours クラブ活動 LIVE & FAN MEETING 2018 ユニット対抗全国ツアー 幕張公演のことを「2018幕張公演」、Aqours World LoveLive! ASIA TOUR 2019 幕張(千葉/東京)公演のことを「2019幕張公演」と表記します。

1. 2018幕張公演

2019年1月5日、6日はGuilty Kissファンミ幕張公演でした。

3公演全通できました。とても楽しかったです。

僕はご存知の通り(?)逢田さん推しなんですけど、今回の2日目夜公演では最後のあいにゃ(鈴木愛奈さん)の泣きそうになりながらの一言がものすごく印象に残りました。

あいにゃ「暗い話にはしないから!昨年の幕張公演もあって不安もありましたが、ギルキスでまたここに来れて無事公演できて良かったです。」

僕はこれを聞いた瞬間"2017幕張公演"を思い出して、「この公演に来て良かったな...」と思いました。


ツイッターでも1月6日の公演後、こんな一言が。



これを見たとき2017幕張公演を思い出さずにはいられず、「ああ、本当にこの場にいられて良かったな」と思いました。

2. 2017幕張公演

Aqoursファンミ2017 の千秋楽であった幕張公演は同じ幕張メッセ大ホールで2018年3月11日に行われました。
僕がAqoursにハマるきっかけとなった3rd LIVE(2018年6月)の前に行われた公演なので、現地に行った訳ではありませんが、2日目の昼夜公演は映像化されていて、

昼公演:ラブライブ!サンシャイン‼︎ 2nd season第7巻映像特典
夜公演:Aqours club 2018("CLUBレポート"として一部のみ)

と今でも見ることができます。その中でも夜公演の映像の話をしたいと思います。

昼公演は全編収録(2時間くらい?)されていたのに対し、夜公演は「CLUBレポート」(長くて20分)という位置付けでダイジェスト版でした。

他のダイジェストと変わらず、公演前の楽屋での挨拶みたいなものを撮影し、
Aqours CLUB 2017のテーマソングである「Landing action Yeah!!」で入場。しかし舞台には8人しか居ませんでした。
この回の司会は逢田さん。簡単に挨拶を済ませた後、「皆さんにお知らせしたいことがあります」と言って後ろを向いて

「あいなー!」

と呼ぶと
すわわとありしゃに支えられながら舞台裏から登場する鈴木愛奈さんの姿。
割れんばかりの「あいなー!!」の歓声の中、愛奈は言います。

「すいません・・・昨日のライブで足をくじいてしまいまして昼公演の後に病院にいった結果ドクターストップになってしまいました。
なので、ライブパートはお休みさせていただきます。

と涙ながらに挨拶する愛奈。
この決断がどれだけ重いことか。



ここで時は戻り、開演前に。
昼公演と夜公演の今年の感覚で言えば1時間程度しかないはずの短い時間で「あいにゃのソロパートをどう埋めるか?」をスタッフと相談しあうAqoursメンバー。それを見守るあいにゃ。

そしていつものように円陣を組み、開演へ。舞台裏からメンバーが登場する中、それを見送る車椅子の愛奈。ここで最初の開演の部分に戻ります。
これ愛奈からしてみればほんと辛いだろうな...

普通のCLUBレポートなら、終演後まで飛んでお疲れさまでした~!とAqoursキャストがわちゃわちゃする映像が流れるんですけど、流れたのはアンコールの「Landing action Yeah!!」でした。

あいにゃのソロパートをどう埋めるか?という問題は先に述べた通りあったわけですが、この曲のあいにゃのソロパートは2サビと長い間奏の前の部分。

(全員)Landing action
(梨子)ここにおいでって呼ばれたくて
(全員) Landing action
(鞠莉) 次の場所はどこだろう?

8人のAqoursはどうしたかっていうと、「次の場所はどこだろう?」全員で歌うという選択をしました。


この「Landing action Yeah!!」のこのパートはソロを立てるために歌うことが少なくて、まさかAqours8人で歌うなんて……と初見は驚いたし、むちゃくちゃ感動しました。
元々「Landing action Yeah!!」の曲が好きで、スクフェスで聞いてから何となくいい曲だなあくらいに思ってたんですが、この次の場所はどこだろう?を見た時から、見る目が完全に変わりました
あいにゃちゃんが欠けた分は皆で補う、9人でAqoursなんだなって感じました。*1

3.Landing action Yeah!!

この曲は「ラブライブ!サンシャイン!!Aqours Next Step! Project」(ファンミ2017)のテーマソングです。作曲は光増ハジメ、編曲がTAKAROT。

この曲を一言で言うなら優しさですかね。

まず、ファンミーティングの曲、つまりリアルアイドル・Aqoursの曲だということもあり、「ラブライブ!サンシャイン!!」という2次元コンテンツの文脈からは少し離れたもので(端的に言えば輝きとかそういったもの)、
「会えるAqours、ファンに近いAqours」を強くイメージしている曲だなと感じました。

また、同じファンミの曲でも次の年の「ホップ・ステップ・ワーイ!」が自信に満ちて突き進んでいく(叶った夢とか出てきますしね)のに対して、「Landing action Yeah!!」は不安の色が強く感じられます。

まず、Landing actionって何ぞや?と思うんですが直訳するならば「着陸する行動」といったところでしょうか。
...これじゃ意味不明ですよね。 意訳するなら単純に「行く」ということだと思います。actionとわざわざつけるのはactionという言葉の「主体的」なニュアンスをより強めるものなんだと思います。「ラブライブ!」のテーマに関係ないと言いましたが、「ラブライブ !」という作品を貫くテーマに主体性があるので、そこは繋がっているのだなと。

1サビ

遠くから聞こえたよ ここにおいでって
誰の声かはわからない でも聞こえたよ

「ここにおいで」と言ったのは誰なのか?Aqoursを応援する人の声ですね。
でもAqours「誰の声かはわからない」というんですよね。

そこには初めてのファンミーティングへの不安であったり、一歩を踏み出すことにおじげついてる気持ちや「初めまして!」という意味合いとかがあるのかなと。
ただ、「でも聞こえたよ」なんですよね。誰の声かは分からなくても「ここにおいで」と言ってくれる声を大事にしている。

まだまだいっぱいあるんだ 話したいこと
待ってるだけじゃ伝わらない
だから…来たのさ!


「待ってるだけじゃ伝わらないから、会いに来たんだよ」。
これこそ、「Landing action」ですね。
「ここにおいで」という呼ばれる声に呼応するように「だから来たのさ!」と。すごく優しい世界観だなと感じるのです。ここにおいでと呼ぶファンの声もとても優しいし、それに応えて来てくれるAqoursもすごく優しい。ラブライブ!サンシャイン!!の文脈の外にありながらその優しさを引き継いでいるというのが凄く好きです。

ファンミーティングのイメージといえば、先代のμ'sのコンセプトが「あなたの街でラブライブ!」であったように、「スクールアイドルがあなたの街にやって来る」です。普段イベントをやらないような地に来る、その先代の空気感を引き継ぎながら、とてもAqoursらしい優しい曲なのが、「Landing action Yeah!!」だと思っています。


(SUN!SUN!サンシャインカフェにて撮影)

...と、これを書いた後に知ったんですが、この「Landing action Yeah!!」がテーマとなったファンミ2017のテーマは「内浦から、素顔の私たちで会いに行きます。」です。「会いに行く」という言葉が入っていて、自分の思っていた通りで結構驚きました。

2サビ

元気だよ楽しもうよ ここがいいねって
君の声ならうれしいな たくさん聞きたいな
わくわく知っちゃったみんな 仲間なんだと
確かめたくてたまらないよ
だから…来たのさ!

登場時は1番までしか流れないのに対して、アンコールで流れることが想定される2番は「ここがいい」っていう「君の声」によって呼ばれるんですよね。これぞ我々がアンコールをする意味ですよね。「アンコール」というのは日本の文化で言えばもはや茶番という感じもしますが、本来素晴らしい公演に対してもう一度見たいという気持ちを表すものであるはずです。もう少し具体的に言うならば、我々のコールでAqoursに対して、その公演(ファンミーティング)に対して「楽しかったよありがとう、だからこそここがいいね」と主張するということです。
1番と2番における「ここにおいで」と「ここがいいね」の違いは「ここにおいで」は呼んだことに対し「ここがいいね」は呼んでよかったと楽しかったと肯定しているということなんです。
そのアンコールに対するアンサーが「君の声ならうれしいなたくさん聞きたいな」になります。
Aqoursもそのアンコールの声を求めていて、「たくさん聞きたい」んだと。

「わくわく知っちゃったみんな仲間なんだと確かめたくてたまらないよ だから来たのさ!」
Aqoursにとって、ファンミに来てくれたファンは仲間なんですよね。
最初に触れたこの曲の「優しさ」というのは「受容と承認」ということ。AqoursがファンをファンがAqoursをの相互の承認しあうような関係。その関係が歌に現れていて素敵な世界観だなと思います。

4.2017幕張公演(再)

実はこのAqoursファンミ2017千秋楽には続きがあって、 杏ちゃん「最後にもう一曲だけ皆さんと歌いなって思います!それにはみんなが揃ってないといけないので、 あいにゃちゃん」 そうして呼ばれたあいにゃが一緒に歌った曲は勇気はどこに?君の胸に!でした。

何度だって追いかけようよ 負けないで
失敗なんてだれでもあるよ 夢は消えない 夢は消えない


やり残したことなどない そう言いたいねいつの日にか
そこまではまだ遠いよ だから僕らは頑張って挑戦だよね
勇気はどこに?君の胸に!」より



あいにゃちゃんのことを考えるとこの歌詞は少し残酷、だけど救いでもあるですよね…。
怪我をして歌えなくてとても悔しい人に、千秋楽なのに、二度とAqours クラブ活動 LIVE & FAN MEETING 〜 Landing action Yeah!! 〜はもう戻らないはずなのに。
「失敗で夢は消えない」「やり残したことがないようにこれからも挑戦し続ける」って歌わせるのは何とも複雑な気持ちになります。

つまらないことを言えば「勇気はどこに?君の胸に!」が最後の曲だっていうのは別にセトリを変えたわけではなくて、千秋楽以外の幕張公演でも最後の曲はこれでした。

でもまるで「Landing action Yeah!!」を会場の皆で歌って、みんなが「ここにおいで」と呼び続けることで、あいにゃちゃんが最後だけ「来てくれた」かのようだし、両曲から放たれる優しさからは、「やり残したことがないようにこれからきっとまたリベンジしてくれるんだよな」ななんて思えてしまいます。

5. その後

2018幕張公演(再)

怪我なく終えられてという言葉から甦るのは昨年のこと。

「結局ステージのミスってステージで取り返すしかない」

これはラブライブ!サンシャイン!!の1シーンにあるセリフですが、きちんと取り返したんだなと思いました。あいにゃちゃんは「Pops Heartで踊るんだもん!」や「届かない星だとしても」のような激し目の曲を踊っても全く怪我なくやりきりました。それどころか、トークパートでは元気に飛び跳ねていました(いっつも喜んでる時すごい飛び跳ねますよね。福岡のギルキスファンミでもそうだったけど、かわいい)。

2019幕張公演

自分がLanding action Yeah!!の真の魅力に気づいたのはAqours club 2018が発売された後*4だったため、この曲の真価が分かってから生で聞いたことはありませんでした。(3rdの千秋楽の福岡公演は7月に行われたため、「Landing action Yeah!!」は「ホップ・ステップ・ワーイ!」に代わっていました)

「ファンミの曲」として縛られ、3rd 大阪公演以降一度も流れていないこの曲を聞けることは二度とないんじゃないか、僕があまりに好きすぎるため、「今度はいつ流れるのかな~」という話をよく友人としてました。

と同時にもう一度この曲を聞ける機会をいつでも切望していました。正直言うと東京ファンミの1日目のアンコールで「太陽を追いかけろ!」が流れた時、もしかしたら2日目は...?と期待しました(結果は「君のこころは輝いてるかい?」でした)。

その機会は案外早く訪れました。アジアツアーの上海公演のLVでのこと。「未熟DREAMER」の後にドゥーンという聞きなれたイントロが流れました。
聞いた瞬間、「これは、Landing action Yeah!!だ……。」、またこの曲をライブで聴けるんだ、と。期待も特にしていなかったので、正直ここで流れるとはなんてとても思っておらずすごく驚き高まりました。

「ファンミ2017」という縛りに呪われた曲かもしれなくて、本当に永遠に聞けないかもしれないと思っていた曲が、ファンミという文脈を越えて聞けるということがあまりに嬉しくて本当に高まりました。

アジアツアーは良くも悪くもセトリがほぼ同じでした。
そして、舞台はあの「幕張」へ。

初日はスタンド真ん中前列、二日目はアリーナ2列目でした。アジアツアーの現地は初参戦でした。

初日は「未熟DREAMER」で(予想外に)感極まってしまって泣きながら聞いてました。
先ほど述べたあいにゃちゃんのソロ(次の場所はどこだろう?の箇所)であいにゃちゃんがスクリーンにアップされて笑顔で踊っている時(あいにゃちゃんを中心として各メンバーと合図を取る振り付けがあります)、「良かったね…」という気持ちで本当に涙が止まらなくなりました。この場に立ち会えたことが凄く幸せだった。

二日目はアリーナ2列目だったこともあり、基本推しの桜色しか振っていませんでしたが、この曲の時だけは桜色2本、紫1本に変えてました。そしたらあいにゃちゃんが気づいて手を振ってくれたのでうれしかった(小並感)。僕の中ではこの曲は鈴木愛奈さんの歌だと思っていて、好きな曲で手を振ってくれるの嬉しすぎませんか???

これはしょうがないですが、小宮有紗さんがいないのが本当に残念だった。
Landing action Yeah!!を9人で幕張で再び歌ってほしいなという願いは私の中では残ったままで、いつかその時が来ると信じています。

6.おわりに

僕はアニメ「ラブライブ !サンシャイン!!」が好きだし、アニメも好きです。でも、それと同じくらいAqoursというアイドルユニットが好きなんだ、と2017幕張公演やLanding action Yeah!!を通して強く感じさせてくれたなと思っています。

こういったトラブルもAqoursを彩る「物語」なんだよなと感じています。勿論ですが、「トラブルが起こって欲しい」と決して言ってる訳ではなくて、そういう時に真価が発揮されるんだと思います。2017幕張公演では、困った一人を全力で補ってあげられるその優しさを見てAqoursのチームワークに本当にただただ感動しました。
アニメの話だけにとどまらないリアルAqoursの側面。そしてそれをアニメと重ね合わせてしまうこと。これは一つのAqoursの魅力だと思います。特に「ラブライブ!サンシャイン!!」という(アニメ)作品を「失敗と転換の物語」と定義している(何個かあるうちの一つですが)私にとって、2017幕張公演の胸が痛くなるようなトラブルも、それをその後の2018幕張公演、2019幕張公演で問題なくやって「乗り越えた」のは、Aqoursの立派な「物語」だしすごくアニメのテーマに沿ってるなぁと思います(と当人の鈴木愛奈さんが思っているかは分かりませんが…)。知らなくても勿論ライブの曲単体で楽しめるけど、そこにあった「物語」を知っていればもっと楽しめるはず
だから自分は今までも、これからもAqoursの現地やせめてLVに行くことに拘るんだろうなと思います。

ライブというのは水物でだからこそ価値がある。成功にだって失敗にだって。それを見て何かを感じるのが自分のファンとしての努めかなと思ってます。

*1:話はそれますが声優アニメディアのインタビューで3rd前後の時の印象に残ったファンミは?という質問があって、皆が海外公演を挙げた中、逢田さんが「幕張公演」を挙げたことも実はすごく印象深い

*2:君のこころは輝いてるかい?」、「青空Jumping Heart」、「未来の僕らは知ってるよ」など。

*3:書いてるうちにありしゃとかが増えてしまった気がしますが...

*4:2018年6月30日

*5:水掛け論で無意味ですがインタビューの答えが本心とは限りません

*6:ファンミは2500くらいのキャパでやるのが普通ですが幕張は9000です

「10人目の誰かの夢を後押ししたい」

本当におめでとうございます。 ということで、今回は3月14日に決まった逢田梨香子さんのソロデビューのお話です。こういうのは早く書かないとなと思いつつ、いつ書き終わるのかなという感じで書いてます。

ウルトラジャンプ2019年1月号

Aqoursのインタビュー割とスルーしてることが多いんですけど、ウルトラジャンプはインタビューの凄いという噂を聞いて買ってみました。実際買ってよかった。巻頭の逢田さんのグラビアのページに乗っていた言葉が「10人目の誰かの夢を後押ししたい」だったんです。
地下鉄で読んでたのにそれを見た瞬間ウルっときてしまいました。まあすぐ泣くんですけどね...

私たちは皆さんのおかげで沢山の夢を叶えてこれたって今回思った。これからももっともっと叶えたいことがあるけど、10人目の誰かの夢を後押ししたい。日頃、色々な夢を抱えている人も多いと思うから、みんなも一緒に叶えよう!
2年生インタビューより



これ見た時本当に泣きました(※これも電車の中です)。ああ、これが「夢を与える仕事なんだ」と。

夢を与える仕事

僕は「夢を与える仕事」というものがあまり理解できていませんでした。ラブライブ!に出会う前は野球ファンだったんですが(今もそう)、たくさん好きな野球選手はいますしそのエピソードには感動することもしばしばありますが、野球選手のことを「夢を与える仕事をしている人」だと思ったことはありませんでした*1


それはラブライブ!が好きになっても同じでした。どんどん売れていて凄いなとμ'sの活躍を見て思っていました。
勿論嬉しいことでしたが、凄いなというのは良くも悪くも「夢を叶える人を外から見ている状態」な訳です。夢を叶えるために頑張っている人を見て応援することその人(達)が夢を叶えることが私の夢という状態です。ファンとしての応援しているけれど、私は当事者じゃなくてファン。つまりは外にいる存在。

でもね、「夢を与える仕事」をしている人の役割ってそれだけじゃないなと強く思うんです。思うようになりました。そのことをはっと思い出させてくれたのがタイトルのインタビューです。この発言の趣旨は「夢を叶える姿を見て自らの夢を叶えて欲しい」ということになることですから。

僕自身は「ラブライブ!サンシャイン!!」という作品を見て、曲やライブを通して「夢」を強く意識したという話は以前もしたと思いますけど、それは言葉じゃなくてライブやアニメを通してだった。タイトルの言葉を直接噛み締めた時が「まさに夢を与える仕事」の意味を体感した瞬間。これを見た瞬間「ああ、自分も頑張らなきゃなあ」と思いました。まるで、映画でそれまで「中立的な傍観者」であった渡辺月が「僕たちも頑張らなきゃね」と当事者意識を持った瞬間のよう*2

夢を与える仕事をする人

すこし話は逸れますけれど、このヤングジャンプを読んだのが12月27日、もう一人の推しである石原夏織さんのライブの前日でした。

石原夏織オフィシャルブログ「Mahalo.」より一部抜粋
よく皆さん、自分は大した力になれないけど応援してるねって言ってくれますが、それは大きな勘違いで、みんなが思っている以上に力強くて、私は勇気づけられて進んでいく事が出来ています。
私もみんなが力をくれたように、私もみんなの力になりたいです。

ashikaouou.hatenadiary.jp

「私もみんなが力をくれたように、私もみんなの力になりたい」

この言葉、先に上げた「夢を与えるもの」の役割と全く同じですよね。 12月28日、まさか、ほぼ同じ言葉を聞くことになるとは思ってませんでした。


自分の夢を叶える者として当事者意識が強く芽生えたのはこの頃でした。

推しが活躍することを願うだけではない、推しの活躍で自らの新しい夢や目標を手に入れることも「夢を与える仕事」をする人の願いなんだと感じられました。

僕たちはそういう風に思われているのだと自覚しなければならないのだと。

ソロデビュー

閑話休題

どれほど待ちわびたでしょうか。
...ごめんなさい、嘘です。
正直いうと驚きすぎて現実感がなかったですね。

生放送する前はFC開設かまるごとりかこの代替番組(A&Gで30分とか)*3だろうと思っていて、おお〜次のステップに進まれるんだね、良かったね。くらいで終わる思ってました。「まるごとりかこ」は終わってしまうけど、その告知をした時に終わってしまうのにあんまり寂しいなとか言わないのがちょっとあれ?と思っていたんですよ。

それが「声優アーティストとしてデビュー」。 いや、マジかよ...喜び以上に驚きました。

僕らの走ってきた道は...

私の逢田さん推しポイントは当初(この話既にしてそう)見た目と人間性(と声)だったので、ライブパフォーマンスは失礼ながら当初頭に入ってなかったんですよね。
3rdの「君の瞳を巡る冒険」の表情作りとかはさすがだなと思っていましたが、歌がどうとかはあんまり思ったことがないです。

今年のファンミを通して こういうものを書いて、
勇気はどこに?君の胸に!のライブパフォーマンスに惹かれた話)

ashikaouou.hatenadiary.jp

こういうものをまた書いて(あんまりライブパフォーマンスの話は書いてないですがね) (近かったのでよく見えましたという話)

ashikaouou.hatenadiary.jp

最後の感想がこれ。

逢田さんが歌ってる姿が凄くいいとファンミを通して感じることが出来ました。

ファンミって3人しかいないし近いから推しばかりを見ることが可能なのが強いんですね。

ここからのソロデビューですから、私としてはとても感慨深くて、(短い時間ながら)色々なことがあって自分の気持ちも大分変わったなと。
半年前なら、「ええ...ソロデビューするの?」と思っていたかもしれないけど、今なら驚きはすれど受け入れられます。 正直最初にデビューするのはあんちゃん、あいきゃん、あいにゃの誰かだと思ってましたがね...。

ところで、逢田さんの「Guilty Night,Guilty Kiss!」の2番Bメロのソロパートとか振り付け、歌含めクソ可愛いんですよね。*4
ご興味ある方は是非ご視聴いただきたい。

ORDINARY LOVE

11月にあったオリコンのインタビューの抜粋ですが、 www.oricon.co.jp

ラブライブ!』という作品がなくなった時こそ、
今、偽ってやっているわけではないですが、
本当の自分、違った部分を見せなくてはいけないなと思います。
アイドル性を取った時の自分をうまく表現していけたらいいなと思います



「アイドル性の脱却」をうたっているんですよね。新曲に強く表れていているような気がします。

新曲の「ORDINALY LOVE」は以下で聞けます。


TVアニメ「川柳少女」第3弾PV

最初聞いたときの感想は「ENDRESS STORY」の伊藤由奈の歌声でYUIの「Good-bye days」を歌った曲という印象です。
アニソンというよりJ-POPっぽいですよね。

というか今までキャラ歌いだったんですね…と衝撃でした。

おわりに

りかこ、本当にソロデビューおめでとうございます。

あなたが夢を叶える姿は凄く応援したいと思えるし元気を与えられます。
これからも夢を叶えて欲しいし、そのために推していく所存です。私も色々と世の中には厳しいことが多いなと感じるところですが、私自身も凄く励まされるところがあって後押しされているなと感じます。だからこそ結果を出したい。頑張ります。

*1:補足すると今ならわかります

*2:この話は詳しくしたいんですけど、またいつか...するのかな

*3:これを書いた数日後に本当にA&Gでラジオが発表されました

*4:真剣なのにふざけて見せたりそういうことが楽しいのの部分

園田海未ちゃんお誕生日おめでとう2019

海未ちゃんお誕生日おめでとう!!!!

本日は3月15日。僕の永遠の推しである園田海未ちゃんの話です。
海未ちゃんにお誕生日おめでとうって言ったら実際なんて言うんでしょうね。誰に対してもすごく礼儀正しく「ありがとうございます。」って言ってくれそう。

はじめに

皆さんはラブライブ!園田海未というキャラクターをご存知でしょうか?

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いやいやこれ読んでる人で知らない人が存在するとはまさかいるとは思えませんが
今回は未だに自分が好きで好きでたまらない「園田海未」というキャラクターについて触れていきたいと思います。

出会い

ラブライブ!って死ぬほど東京では再放送をされてる(いた)んですけど、
2期の放送直前(2014年の3月)にテレビを何となくつけたらやっていたのが1期12話の最後でした。

「あなたは、最低です!」

...何だか物々しい雰囲気のアニメがやってました。
当時これを見た時の感想は「えっ、これあのラブライブってアニメですよね?」でした。
Twitterでやけに盛り上がってたからという理由でスクフェスを配信当時3日くらいやっていたので(飽きてやめました)、ラブライブ!のキャラクターや雰囲気は簡単には知っていたはずですが、こんなに重い空気をまとったアニメだと思わずビックリして、ラブライブ!に興味を持ちました。

数日後に2期直前放送ということでたまたまあった一挙放送を見ることに。

live.nicovideo.jp

一挙放送を見て内容や楽曲に惹かれたのは言うまでもないですが、推しになったのは、海未ちゃんでした。
正直なんで推しになったのかは覚えていないんですが、多分推しを確信したのは10話の「?海未は私ですが?」とかいうボケた返答ですね。穂乃果に対して自意識過剰かよ、むちゃくちゃかわいい。

アニメを一気見して気づいたらCDを買ってたし、スクフェスを再開してました。



ラブライブ!の興味を持ったのがちょうど海未ちゃんのシーンで、気づいたら海未ちゃん推しになってるの今考えるとなんだか運命を感じますね。



魅力

で、「海未ちゃんの好きなところは?」って話なんですけど、全部なので、海未ちゃんそのものの説明になるんですよね。

ただ、凄く簡単に言うならば「大和撫子②しっかりしているように見えて③恥しがり屋な点」ですね。


大和撫子・②しっかりしている

①:見た目の話。いや、まず見た目が可愛すぎるでしょ。以上。あと喜怒哀楽が激しいのも見ていてかわいい。

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②:園田海未のμ'sにおけるポジションと言えば、「歌詞担当」と「練習のリーダー」をしています。
特に練習のリーダーをしているのは弓道部に所属しており基礎体力をつけるトレーニングに長けているし真面目だからという点において最適な人材配置だったというのがあるでしょうが、
彼女が2年生二人を見て快く担ったんじゃないかなと感じられます。何かを三人でやるとしたら毎回こういう感じの立ち回りになるんでしょうね。

1期6話では穂乃果がリーダーであることを最初から疑っておらず、12話ではことりの本当の気持ちが「実は留学には行きたくなかった」ということを一番わかっていたりと、海未ちゃんは凄くしっかり周りを見てるように感じられます。


③恥しがり屋

しかし、大和撫子で生真面目ですごくまともなように見せかけて、そうじゃないのが真の魅力なんですね。ここが一番書きたいところ。
恥ずかしがり屋と書きましたが正確には「恥ずかしがり屋なのに、やたら投げキッスしたり実はアイドルらしく振る舞いたい」というのが凄くかわいいですね。

海未ちゃんは②のように「自分はしっかりしていて、クールなんだ」と他人のために自分を縛り付ける気持ちがありますが、
もう一つ「アイドルとしてアイドルらしく振舞いたい」という自分のための自分を解放したい気持ちがあります。


その意味で言えば、過去によって自分の中の"女の子らしさ"を抑圧してきた星空凛とは根の部分は近いのかもしれません。

ただし、凛ちゃんはアニメで背中を押され自らの内に隠していた「女の子らしさ」を気づかせる場面があって救われる回(2期5話)が存在するのに対して、海未ちゃんは特に救われることはありません。
じゃあ海未ちゃんはなんで救済されなかったのか?
自分で解決しているからです。


凛が1期4話でアイドルに花陽から誘われた時の反応は過去の嫌な記憶を思い出して「自分には無理」というのに対して、
1期1話で穂乃果に誘われた海未は「アイドルはなしです」と返すものの、精神を統一させるべき弓道の練習中に邪な妄想をしています。

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1期第1話「ラブアローシュート!」のシーンより

いや、あの・・・あほかわいいすぎませんか
我慢しようとしているはずなのに我慢できてないんですよね。

自分の中に眠る「悪くないな」という気持ちとちゃんと向き合って解決しています。 実際4話では穂乃果の家でポーズの練習しているし何だかんだでノリノリ。
13話では「本当はアイドルをやるのが嫌だったんですよ」と穂乃果に言ってますが、照れ隠しのような気がしてならない。投げキッスも指摘されると恥ずかしがりますけど絶対家で練習してそう。

自分で解放してしまっているのにそのことに恥じらいを感じている点は聡明なだけでなく、人間らしい不完全さを併せ持っていると良いなと感られます。普段は理性的なのにちょっとおバカなのもいいですね。脚本の花田十輝先生も「一番書きやすいキャラクターは誰?」との質問に「海未がツッコミ役で誰よりも常識人だと思うし、小心者なところに親しみが持てるから書きやすい*1」と言ってました。

④歌詞担当

じゃあ、海未ちゃんは「凛とした大和撫子のように見えて恥ずかしがり屋」、ってだけなのか?
いやそれだけじゃないです。海未ちゃんは恥ずかしがり屋・凛とした大和撫子という情熱とは程遠い要素を持ちながら、すごく情熱的な内面を持ち合わせています。
それが見えるのは「歌詞担当」としての海未を見た時です。海未ちゃんが歌詞担当として歌詞を製作するシーンはかなり稀*2なんですけど、歌詞から探ると海未ちゃんの内面が垣間見えます。

夢が大きくなるほど (試されるだろう)
胸の熱さで乗り切れ (僕の温度は)
熱いから (熱すぎて)とまらない
無謀な賭け勝ちに行こう!
「僕らは今の中で」


こんな歌詞を書ける人なんなんだと思うんですけど、海未ちゃんって凄くロマンチストなんです。「胸の熱さで無謀な賭けを勝ちに行こう!」ですよ。普段の海未ちゃんの言動からは考えられないほどポジティブなんですよね。まあもともと武道をやっている体育会系ですし。
ロマンチストというと夢見がちでそれしか考えられないキャラクターを連想しがちですが、彼女の場合現実を見た上でロマンチストになることを選んでいるんだと思います。困難な選択肢を困難だと分かった上でやっているといいますか。
花田先生の言葉にもあるように常識人なので。 敢えて言葉にするならば「冷静なロマンチスト」かな。まあ、ロマンチストなのはあの幼馴染の影響が大きいんでしょう。

ほのうみ

あの幼馴染の話。ほんとにね、大好きなんですよ、ほのうみ。

私は百合にははっきり言うとあんまり興味がないのですが、この二人の関係性は自分の中では特別に感じられるんですよね。

海未が穂乃果には人一倍厳しくしているのは「特別な信頼」の裏返しなんですよね。

アニメのエピソードなどを簡単に紹介しながらほのうみ(たまにことりも入る)に触れたいと思います。

1期第1話

アイドルという穂乃果の思いつきに振り回されることに嫌がる海未。
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しかし、先に述べた通り、自分の中の"悪くないな"という気持ちに気づき始めているのも事実。 f:id:ashika_ouou:20190311010853j:plain

とはいえ、なかなか賛成できない海未ちゃんに対して
ことり「でも、こういうことっていつも穂乃果ちゃんから言い出してたよね」

幼少期に穂乃果の思いつきで木に登らされたことを思い出す海未。

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しかし、枝が折れてしまって酷い目に合ってしまいます。
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でもそこで見た美しい景色を思い出します。
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穂乃果という異なるタイプの人間と一緒に行動していなかったら、そもそもこんな無理難題をやろうと海未は思わなかったんでしょう。そして実際に木を登るには怖い思いをした上に、枝が折れてしまうというトラブルがありました。でも、そういった苦難を乗り越えた先に自分一人では決して見ることのできなかった景色が見えたんだと思い出してはっとする海未。
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そこで海未は思い直します。

「一人で練習しても意味がありませんよ。」

f:id:ashika_ouou:20190311010916j:plain と手を貸します。
こうやって3人のスクールアイドルが始まります。

海未ちゃんってμ'sに出会って考えが根本的に変わったか?、といえばどうもそうでもないような気がしていて、彼女にとっての一番の契機だったのは1期1話の穂乃果に見せてもらった景色を思い出した時だったんじゃないかなと思います。それは穂乃果のおかげでもあるしことりのおかげなんだと思います。

1期第6話

「リーダーが誰か?」を決める話で「リーダーはなくていい、みんながセンターなんだ」と穂乃果が先導した結論に向かっていきます。結局明示的にリーダーなんて決めなくても穂乃果が決めたことにみんな追従していきます。そのことを最初に指摘したのは海未でした。

ことり「でも、ほんとうにリーダーなしでいいのかなぁ?」 海未「いえ、もう決まってますよ。」

「なんにもとらわれないで、一番やりたいこと、一番面白そうなものにひるまずまっすぐに向かっていく、それは穂乃果にしかないものかもしれません


これは海未が昔から穂乃果と一緒にいて見せてもらった景色があるから言えることでしょうし、これからもその期待を持っているから、それを信じているんでしょう。

1期第12話・第13話

ことりの留学で8人になるμ'sとこれからの廃校を阻止したμ'sの存在意義について悩む穂乃果。

穂乃果は自分の大切な気持ちに気付きファーストライブをした講堂に海未ちゃんを呼び出します。

ファーストライブで歌って、そして気づいた。もっと歌いたいってスクールアイドルをやっていたいって。学校のためとか、ラブライブ!のためとかじゃなくて、私好きなの。歌うのが。 だからごめんなさい。 これからも迷惑をかけると思う、でも追いかけていたいの。ワガママなのは分かってるけど私...

これを聞いた海未は... 笑い出します。

でもね、はっきりいいますが...
穂乃果には昔からずっと迷惑をかけられっぱなしですよ

ことりと話していました。穂乃果といるといつも大変なことになると。夢中になったら何にも聞こえてなくて。

スクールアイドルだって最初は嫌だったんです。どうにかしてやめようと思っていました。穂乃果を恨んだりもしました。


ですが、穂乃果は連れて行ってくれるんです。 私やことりでは勇気がなくていけいような凄いところに。

私が怒ったのは穂乃果がことりの気持ちに気づかなかったからではなく、穂乃果が自分の気持ちに嘘をついているのが分かったからです

穂乃果に振り回されるのにはもう慣れっこなんです。

だからその代わりに連れて行ってください。
私たちの知らない世界へ。
それが穂乃果のすごいところなんです。



あまり解説は要らないと思いますが、これがまさに穂乃果と海未の関係なんですよね。

きっと穂乃果が自分が不器用で我儘だったことに気づいて謝ったことに笑う海未は「いまさらそんなこと…」という気持ちなんでしょうね。この穂乃果を受け入れてる感が凄くいいんですよね。

海未が許せなかったのは、他人の気持ちに気づかなかったという穂乃果の元々の欠点じゃなくて、穂乃果の持ち味であるはずの「自分の気持ち」を曲げていることに気づいていたからです。

海未が本気で怒るのはこのシーンくらいで、それ以外のシーンはなんだかんだいいつつ信頼してるなと感じられます。

スクフェス2018年12月イベント「離れていても、心はそばに」

スクフェスでは10月ごろから全イベントにストーリーがつくようになったのですが、このイベントはなんと「ほのうみ」イベントでした。
ストーリーも「私の求めるほのうみ」で非常に満足しました。

ファンの方でも知らないという方もいらっしゃるんじゃないかな(私も時間がなくてイベントストーリーは結構飛ばしますし…。)というのもありますので、紹介させていただきます。

スクールアイドルのカウントダウンライブが決まり喜ぶメンバーに対して一人浮かない顔の海未。


その理由は...


みんなの前では言い出せないのむちゃくちゃ可愛くない?

そしてこのやりとりを他のメンバーに見られてしまうのもとても良い。


しかし、このカウントダウンライブの練習には穂乃果が家の手伝いで全然参加出来ず、穂乃果は自宅で映像を見ながら練習することに。

8人での練習の後に足早に立ち去る海未。


何をしているかというと...。


当日。会場に現れない穂乃果を不安がるメンバー。


しかし、海未は信じていました。
メンバーにはちゃんとバレてます。いや、バレてないと思ってんのかよ...。

ここに書きませんでしたが、穂乃果はこのライブに新しいステップを用意してるんですよね。新しいステップを用意してるのに、練習に来れないやつ何者なんだよ…と思いますが、それが高坂穂乃果で、穂乃果の夢をサポートしたいと思っているのが園田海未なんですよね。

こうあって欲しい穂乃果と海未の関係がまさに描かれててすごく良かったです。

高坂穂乃果はどう思っているのか?

穂乃果が海未に対してどう感じているのかを描くシーンって少ないんですよね。
妄想ですが、穂乃果の気持ちがあんまり現れないのは要は「信じろ」ということなのかなと思います。もしかしたら、穂乃果は海未のことを朝起こしてくれるメイドさんくらいにしか思ってないかもしれない(んなわけないだろという感じですが)。
穂乃果が何考えてるか?海未のことをどう思っているか?というのは敢えて描かれていない、言わずもがな。
というよりほのうみと推しとしてはそう信じたいよね。詰まってないけどそんな感じです。

まとめ:ほのうみの何が良いか?

お互い全然性格が違うように見えて同質なところを感じられる点ですよね。
二人ともきっと厳しい環境を全然嫌としないという点で価値観は同じなんですよ。

穂乃果は発想力がすごいけど、現実的には無理難題を思いつくのに対して、海未ちゃんは根がストイックだから難しい課題とかきっとそういう方が燃えて嬉々として実行しようとする
発想と実行という点では違うけど、難しい課題に怯まない点は同じなんですよね。
穂乃果も自分の思いつきはきっと形になると思って言ってるのかもなと。
発想を穂乃果がして実行するのが海未。まさに、相性最高と言わざるを得ない。

余談:竹むら

突然ですけど、プロフィールに書いてる海未ちゃんの好きな食べ物はご存知ですか?
穂乃果に対して普段厳しく接している感じなのに、海未の好きな食べ物って「穂乃果の家のまんじゅう」ですからね。好きな食べ物って普通サンドイッチとかプリンとか種類を書くもんじゃないのかよ、あまりに限定的なんだよなぁ。完全に餌付けされているじゃん...

という訳で?先日穂乃果の家のモチーフとなっている老舗「竹むら」へ遊びに行きました。

何回も前は通ったことがあったのですが、店の中に入ったのは初めてでした。
ラッキーなことに並んでいませんでした。



竹むらに入ったら「店内ですか?」と言われて、待ってこれおみやげだけもありなの??と思いました。

揚げたてはお店でしか味わえないのもまた良いです。この手の揚げ和菓子にはすごく弱いのでとても好きな感じでした。

なお、店内は「食べ物以外撮影禁止」だったので、お店の中の写真は撮れませんでしたが、これから何度も行って目に焼き付けるので問題ないです。
あんまり海未ちゃんと関係ないけどクリームあんみつも食べてすごくおいしかったです(KONAMI感)。元々が有名な老舗ということもあり、あんみつの豆が少し苦手な自分でも他の具材がおいしいので全く気にならなかったし、今度は他のメニューも食べて見たいですね。

海未ちゃんは"不遇"だったのか?

割と言われる話?の自分なりの考えです。

映画のパンフレット

※少し批判的なことを書くので嫌な方は読み飛ばしてください。

どうしても許せないことをまず一つだけ。
映画パンフレットでのキャラクター紹介でことりと海未はこう書いてます。

南ことり
穂乃果の一番の友人



??

?????????

え?・・・は?
当時、この表現に激怒してしまって、映画のパンフレットを買わなかった*3んですよね。
勿論これは映画の冒頭のシーン(幼い穂乃果が水たまりを飛ぶシーン)で穂乃果を止めるのはことりであって海未は木の陰から見ているという描写から書いているのか、それか1期12話の「穂乃果ちゃんが一番最初に出来た友達だった」というところから来ているのかことりの一番最初の友達なら分かりますけど、一番の友達はないだろ。

穂乃果を支える役割というのはことりだけじゃなく海未も同じく幼いころから担ってきたはずで、"一番の友人"かどうかなんてどこにも書いてないだろ…。
ことほのうみの関係において"一番"を決める必要はまるでないし、そもそも一番ってなんだと。

逆に海未ちゃんを「穂乃果の一番の幼馴染」と紹介するのも少し違うと思います。

自分はほのうみが好きですけど、ことりが要らないなんて全く思ってないですし。

海未だけじゃなくてことほのうみの2年生の関係を否定しているような気がして、「ラブライブ!」という作品において一番許していないところかもしれない。

あと、この件に比べたら全然大したことはないですが、海未ちゃんがセンターの曲が「WILD STARS」と「だってだって噫無情」しかないんですよね。だいたいセンターかと思った曲(「LONLIEST BABY」とか)は絵里で海未ちゃんがとても似合いそうな「輝夜の城で踊りたい」にいたってはにこがセンターなんですよね…。

本題

さて、取り乱しました。本題です。
ラブライブ!という作品では海未ちゃんが不遇というのはそこそこ言われる話です*4
言われたら確かに、と思う部分もない訳ではないんだけど、自分がラブライブ!という作品を見ていた当時あんまり感じたことなかったんですよね
まず、そもそも海未推しとして海未ちゃんの出番があるだけで幸せだったし、その数少ない(いや、結構出てきてない?)海未ちゃんの登場場面はそれぞれインパクトもちゃんとあって、すごく自然で決して園田海未」という人格を損なうようなものじゃなく、「園田海未」であった
ただ、海未ちゃんが出てきてくれていつもの海未ちゃんが騒いでるんだというだけで喜べたので、あまり不遇なんて感じたことはありません
個人回がないとかいう話はありますが、別になくてもいいんじゃないですか。勿論あるならある方がいいんですけど笑、個人回をやらなくていいくらい十分に出演してると思います。
まず、個人回をやるためには何らかの問題を抱えてないといけないですけど、まずそもそも海未ちゃんに解決するような問題はないですからね。敢えて言うなら1期1話が個人回ですね。
2期以降は絢瀬絵里の存在もあり、コミカル担当になってしまった感は否めないですが、それは海未ちゃんがμ'sのメンバーと距離が近くなったからというだけで不遇になったということではないと思ってます。

おわりに

海未ちゃんの話ばかりになってしまいました(当たり前)

映画の海外に怯える海未ちゃんに共感しかない話とか書きたかったなあとか、あとはこれを書いてるうちに気づいた「ススメ→トゥモロウ」の「可能性を感じた」のは穂乃果だけじゃなかったんだなと気づいたので、そこをもう少し深掘りしたかったなぁとか(13話で紹介したシーンの後に「だって可能性感じたんだ」と歌い始めるのは海未で"海未の感じた可能性"については検討の余地があるのかもしれません)。
海未ちゃんについて話したいことはまだまだあるんですが、いうて今回の趣旨は海未ちゃんの誕生日のお祝いに何かを書くことだからあんまり難しいことは書かなくていいのかなと思います。

僕のラブライブ!の推しは出会った時からずっと園田海未ちゃんです。
一度はスクフェスで飽きてしまったラブライブ!に出会えたのも最初の「あなた、最低です!」に出会ったおかげ。

そして1年前の2018年3月15日は「ラブライブ!」というコンテンツへの再度とっかかりを作ってくれた日でした(ここで唐突な自分語り)

アニメでハマった当時はそこそこ生放送などを見るようになってCDは映画まではほぼ買うようにしていましたし、ラジオも聴いてたし、映画も(一回だけでしたけど)見に行きました。
しかしμ'sのFinalは全落ちしてあぁ、自分の中のμ's、ラブライブ!は終わったんだと思い、情報をシャットアウトしてしまいました。サンシャインも当時はま〜衝撃は強かったけど、面白いアニメやったな、AqoursAqoursで良いねくらいで終わってしまったのは以前の記事の通り(読まなくても何の問題もないです)。

ashikaouou.hatenadiary.jp

ラブライブ!全体への熱が戻ったのも、アケフェスの海未ちゃんの誕生日イベントからだったりします。
アケフェスではキャンペーンをやっていて、このキャンペーンの開始日が昨年の海未ちゃんの誕生日だったんですよね。

www.lovelive-sifac.jp

まず全体のポスターと海未ちゃんは欲しい、出来るなら全キャラ揃えたいなと思ったのが「ラブライブ!」へのとっかかりのリスタートでした。 初日はそれまでほぼやっていなかったアケフェス20クレやったし、全部揃えるために千葉とか神奈川の過疎店舗(実際にはあんまり過疎じゃなくて何店舗も回ったんだけど...)やこのためだけにお台場に行きました(アケフェス10クレやりに行くのに交通費10クレ事件)。スクフェス5周年に乗っかってスクフェスを再開してAqoursの曲もやるように。懐かしい。

それがきっかけで今があるんだなと思うと、海未ちゃんの誕生日は自分のラブライブ!との関わりは終わったんだと思ってシャットアウトしていた自分に再度ラブライブ!の魅力を教えてくれた日なのかなと思います。
今やラブライブ!のことしか考えてない馬鹿野郎になってしまい海未ちゃんが好きだった時代より遥かに熱を入れて応援しているんですが、まさかこうなるとはね...笑
人生、ましてや1年先ですら分かんないものですね。

海未ちゃん、そしてラブライブ!と出会ってから5年(!?)も経ちますけど、いざ振り返ってみると主体的にラブライブ !に興味を持ったきっかけは海未ちゃんだったし、熱が冷めても海未ちゃんが自分をラブライブ!の世界に戻してくれたんですよね。

それを自分は「運命」と呼びたいなって思います。「運命」って「存在するかどうか」が重要じゃなくて「あると信じるかどうか」なんだと思うんです。
僕は「運命」があったと信じたい。ただそれだけの話。

ありがとうラブライブ!園田海未ちゃん。
そしてこれからはもっとよろしくね。

2019.3.15 あしか

*1:映画のパンフレットより

*2:2期と映画ではあるにはありますけど

*3:この記事書くために中古で買いました

*4:どこで見たんだろうな~と思ったんだけど、とあるツイートでした。気になる方は探してみてください。